暮らし・住まい
サラリーマン“アングラー”釣り五郎がゆく! #18
根がかりで仕掛けがロストする【マダコ編】
2022.10.11
手軽にできる堤防や砂浜からの釣りも楽しいが、船釣りならでの醍醐味がある。たとえば、バラエティに富んだターゲットだ。季節や海域によって狙える魚が大きく異なり、仕掛けや釣り方も変化する。また、数を追い求める釣りもあれば、大物を狙っていく釣りもあり、楽しみ方も多様なのだ。釣れても釣れなくても、学びがあるといえるだろう。そんな奥の深い“船釣り”の楽しさを伝える連載企画。
Illustration : MIKI TANAKA
Text : SHINSUKE UMENAKA(verb)
登場人物たち
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魚釣五郎(30才)
うおつり ごろう。あだ名は“釣り五郎”。職場は海川商事。好きな寿司ネタはエンガワ。
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鰒田一平(52才)
ふぐた いっぺい。魚釣五郎の上司。休日は釣り三昧。好きな寿司ネタはヒカリモノ。
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舟山杜氏(68才)
ふなやま とうじ。五郎が勝手に“師匠”と命名。神出鬼没のアングラー。好きな寿司ネタは赤貝。
今回のターゲットは【マダコ】
マダコ:青森県以南の日本各地に生息しており、一般的に食用のタコのほとんどは、このマダコの仲間。日中は岩礁の隙間などに潜み、夜になると活発に行動して、大型の甲殻類や貝類などを捕食するといわれる。初夏から冬にかけてが、マダコ釣りのシーズン。価格は1kgで3,000円~。
夏のある日。五郎は目前に迫った休みに何をしようか、頭を悩ませていた。昨年はコロナ禍ということもあり、帰省しなかった。今年は実家でのんびりと過ごしても良いが、それではもったいない気がする。夏らしいことをしたいという思いに駆られていたものの、海水浴やプールに付き合ってくれる彼女もいなければ、休みの予定が合いそうな友だちも見当たらない。釣りという選択肢も浮かんだが、何を狙いに行けば良いのか、正直分からなかった。考えを巡らせながら、ボーッとパソコンの画面を眺めていた五郎の視線の先を、突如、大きな影が横切った。熊? オフィスで遭遇するはずもない影の正体を想像したが、もちろん違う。真っ黒に日焼けした課長だった。
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魚釣
「課長、ずいぶんと焼けてますね。どこに行ってたんですか?」
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鰒田
「夏といえば、タコだよ、マダコ。知らないのか? タコだな、まったく。おかげで毎週末、タコパだよ、うちは」
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魚釣
「へぇ、タコ釣りなんて、あるんですね。知らなかったな。それって面白いんですか?」
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鰒田
「面白いかって? 何を言ってるんだ、面白くない釣りなんて存在しないだろ!!」
竿と擬似餌のタコエギで狙う
真夏のマダコ釣りとは?
怒りで顔を赤く染めた課長は、まるでタコのようだった。五郎に向かって、マダコ釣りの魅力を熱弁する姿を見て、そう思った。夏は東京湾のマダコ釣りのシーズンなのだという。いったいどんな仕掛けを使って、どんなふうに釣り上げるのだろう? 五郎は課長の話にすっかり魅了されていた。夏休みにマダコ釣りも悪くないかもしれない。釣果や釣船をリサーチすることにした。
従来、東京湾でのタコ釣りの主流は、竿を使わない手釣りだったという。太めの糸に「タコテンヤ」と呼ばれる、木の板にハリとオモリが付いた原始的な仕掛けにカニを縛り付け、指先に伝わってくるかすかな重みを察知して釣るのだ。釣りというよりは、漁に近いな。五郎はそう思った。
ただ、最近は竿と「タコエギ」と呼ばれる擬似餌を使ったタコ釣りが流行っているそうだ。「エギ」とはイカ釣りなどでも使用されるエビを模した擬似餌で、それをタコ釣り用に改良している。タコエギを海底に落とすと、タコがエビと勘違いする。そして抱きついてきたところを釣り上げるのだ。
タコエギを海底近くで揺らし
マダコを誘って釣り上げる
真夏の船釣りは、暑さとの戦いでもある。船上は日差しを遮るものがない上に、海からの照り返しもある。日焼け止めを塗るだけでは、太刀打ちできず、猛烈に日焼けをする。それを避けるには、暑さを我慢して、長袖や長ズボン、帽子、グローブなどで日差しから身を守る必要があるのだ。忍耐力を要する過酷な釣りになる。当然、水分補給も欠かせないだろう。五郎は万全の準備を整えて行くことにした。
目指す神奈川県・金沢漁港に着くと、ひと際、人の集まる釣り宿があった。大小9隻の船を持つ忠彦丸だ。列に並び、乗船料を支払う。受付には色とりどりのタコエギが並んでいた。一瞬、予備のタコエギを買っておこうかと思ったが、船上でも買えるとのことなので、やめておいた。出港の時間も迫っている。慌ただしく準備を整え、マダコ船に乗った。
シーズンということもあり、船は多くの釣り人が来ていた。中には「タコテンヤ」に挑戦する人もいるようだ。手釣りの仕掛けが見えた。荷物を下ろすと、船上で出発前の船員によるレクチャーが始まった。
「マダコは海底にいるので、タコエギが着底したら、誘いを入れます。誘い方はいくつかあるのですが、竿をこまめに上下させて、タコエギを揺らしたり、ゆっくりリールを巻いて、タコエギを引きずったり、ときには竿を振り上げてタコエギを上からゆっくり落とし直すなど、タコの反応を見ながら、いろいろ試してみてください。それで竿に少しでも重みを感じたら、一気に巻きます。途中で糸が緩むとタコが外れてしまうことがあるので、腕を止めないでくださいね。あとは、根がかりしやすいポイントもあるので、もし糸が巻けなくなっても、無理に竿を立てないで。折れてしまいますよ」
着底、誘って、一気に……。五郎は教えを忘れてしまわないよう、口に出して繰り返すのだった。
根がかりで次々と仕掛けをロスト!
釣り上げる前にタコエギ0の大ピンチ
最初のポイントは港から近かった。八景島を離れた船はすぐにスピードを緩める。堤防を歩く人と目が合うくらいの近距離に船長は船を停めた。てっきり沖合に出ると思っていた五郎は慌てて、タコエギを準備する。そんな五郎を尻目に、ほかの釣り人たちは、どんどん仕掛けを投入していく。釣れたという声はまだ聞こえないものの、完全に出遅れてしまった。
ようやく準備が整ったが、そこで船長の声が聞こえた。ポイントを移動するようだ。結局、最初のポイントでは一度も仕掛けを投入することができなかった。落胆する五郎だったが、船はまたすぐにスピードを緩めた。
船長が「始めてください」と声を上げる。それを聞き、仕掛けを投入する。五郎のマダコ釣りがようやくはじまった。タコエギが着底したのを確認し、まずは竿を小刻みに上下し、仕掛けを揺らしてみる。揺らしては、止め、揺らしては止める。
ふと視線の先で船首の釣り人がマダコを上げる姿が目に入った。船長からも「あがっていますよ」と、ヒットを知らせるアナウンスが船上に響く。ほかの人が釣り上げている姿を見るのは複雑だ。この下にマダコがいる! と、期待感が高まると同時に、先を越されたことへの悔しさもある。しかし、大物の場合には同じ釣り人として、祝福したい気持ちにもなるのだ。
そんなことを思いながらリールを巻いていると、突然、手元が重くなった。マダコが掛かった? それとも根がかり? 船が動いているため、糸を送り出さないと、竿ごと持っていかれそうになる。どうやら根がかりだ。竿が折れないように、糸を持って、手で仕掛けを回収しようとする五郎。強く、引いてみると、ブチンという音とともに糸が切れてしまった。
その後も、ポイントを移動するたびに、五郎の仕掛けは根がかりし、タコエギをロストしてしまうのだった。気がつくと、予備のタコエギがなくなってしまった。幸い、船上でも売っているため、購入するができた。もし売っていなかったら、どうなっていただろう。開始、わずか数時間で釣りが終わってしまうところだった。
「それだけしかタコエギを持ってこなかったの? タコ釣りは根がかりしやすくて、ロストすることも多いから、みんな20個は持ってきてるよ」と船長。リサーチが甘かった……。五郎は準備不足を痛感したのだった。
モッタリとした重さを感じたら
手を止めずに一気に巻き上がる
無事にタコエギを調達し、釣りを再開できた五郎。ただ、いくら購入できるとはいっても、際限なく買うわけにもいかないだろう。より慎重に底を取る必要がある。船長曰く、掛かったマダコが岩場に逃げることで、根がかりすることもあるという。だから、重さを感じたら、なるべく一気に、そしてスムーズに巻き上げることが大事だという。
とはいえ、この重さというのが厄介だ。掛かると小さくても、コツコツと手応えを感じる魚のアタリとは異なる。五郎は経験したことがないため、“重さ”がどんな手応えなのか、想像もつかなかったのだ。どうなれば巻けばいいのか、正解が分からぬまま、愚直に誘い続ける。これまでの釣りでもそうだった。わからないときも、船長の教えを守りつつ、言われたことを繰り返す。周囲に釣れている人がいたら、どうやっているのか、観察する。焦ってもしょうがない。五郎はそう自分に言い聞かせた。
何度、ポイントを移動し、仕掛けを投入しただろう。暑さで頭が少しボーッとしてきた五郎だったが、手元に違和感を覚えていた。藻のような何かがタコエギに引っかかった感覚といえばいいだろうか? モッタリとした重さで、暴れたり、動いたりする様子はない。
これのことなのか? 半信半疑で、五郎は糸を巻き続ける。言われた通りに、姿が見えるまで手を緩めず、一定の速度で糸をたぐった。しばらくして、小さな影が見えてきた。やっぱり藻か? いや、違う。マダコだ! ヒラヒラと揺れる足が見える。急に心臓がバクバクとしてきて、声が出ない。海面近くまで上がってきたら、一気に船に引き入れた。やった!
釣れた! ようやく小さな声が漏れた五郎だった。そのまま座り込み、タコを外そうと手を伸ばすと、腕に絡みついてきた。ものすごい吸着力で、剥がすのに苦労するほどだ。これがマダコなのか。やっと釣り上げた実感が湧いてきたのだった。
このあともう一匹だけ釣り上げたが、その後はバラしたり、仕掛けをロストしたりと、散々だった。でも、釣れた数は関係ない。他人と比べても意味がない。楽しければ、それで良いのだ。晴れやかな顔で五郎は港に戻るのだった。
(今日の格言)
「仕掛けがなれば、釣りもできない。備えあれば憂なし」
~釣ったら食べよう! レシピ紹介【タコの唐揚げ(2人前)】
材料/マダコ、片栗粉、サラダ油、レモン、(調味料:すりおろしたにんにく小さじ1/2、すりおろしたしょうが小さじ1/2、酒大さじ1、醤油大さじ1)
①内臓を取ったマダコに大量の塩を振り、もみ洗いをする
②水で塩やぬめりを洗い流し、表面がキュッとするまで、①→②を繰り返す
③大きな鍋にお湯を沸かし、マダコを下茹でする
④下茹でしたマダコを適度な大きさに切り、水気を拭き取る
⑤合わせた調味料とマダコを和え、15分程度、冷蔵庫に置いておく
⑥⑤に片栗粉をまぶす
⑦180℃の油で揚げる。衣が色づいたら油を切って盛り付け。レモンを添えて完成
(インフォメーション)
金沢八景 忠彦丸
神奈川県横浜市金沢区海の公園9番地 金沢漁港内
TEL:045-701-3086
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