今、メタバース空間で行われる展示会や美術館に大きな注目が集まっている。メタバース空間に作家の作品を展示し、VRシステムで自宅にいながらそこに訪れて作品を鑑賞する「メタバース美術館」。一見すると今号の「アートの旅」とは相反するコンテンツのように感じるかもしれないが、実際は少し違う。新しいアートの楽しみ方としてだけでなく、アート全体のすそ野を広げる、魅力的で大きな可能性を秘めているものなのだ。
しかしメタバース美術館と一口にいっても、おそらく多くの人はまだ訪れたことがない未知の世界のはず。ということで今回、実際にメタバース上で美術展示会の開催や開発を行なっている、株式会社シュタインズの代表であり、VRエンジニアの齊藤大将さんにお話しを伺った。
Text:Kazuyuki Nomura 2023.5.15
「メタバース美術館とは、その名のとおりメタバース空間に開設された美術館のこと。VR(バーチャルリアリティ)やAR(拡張現実)などの技術を利用して構築されることが多く、現実の美術館と同様に作家のさまざまな作品が展示されています」
「VRシステムを使い、専用ゴーグルを装着することで、眼前に上下左右360度の仮想の3D空間が出現。来館者たちは自身を模したキャラクター『アバター』となり、自由に美術館内を移動しながら、実際にそこにいるような没入感を得ながら鑑賞を楽しむことができます。時間や場所の制約がなく、気軽に来館でき、敷居も高くないのが一番大きな特徴になると思います」
「メタバース上だと作品の質が落ちるのではないか!?という疑問もあると思います。展示している作品は、元となる作品の画像データです。たしかに、繊細な絵のタッチや感触、テクスチャーなどはメタバースで完全に再現するのは難しいです。ですが、作者本人も全く気にならないという解像度で、絵のタッチの質感も思ったより再現できているという声もいただいており、かなり再現度は高いと思います。デメリットもありますが、先述したとおりメタバースならではのメリットもあり、かなり質の高い展示体験ができると思うので、そのあたりはぜひ自身で確かめてみていただきたいです」
「メタバース美術館には現実とは違う要素が沢山あります。まず技術的なことでいうと、メタバース内では一般建築とは異なり、簡単に空間をデザインすることができます。例えば、雨や海の中、雲の上で作品を鑑賞したり、空中に絵画を浮かせたり。作品を空間に合わせるのではなく、空間を作品に合わせて作ることができるのは大きな特徴ですね。
「さらにそこにエフェクトをつけたりして“演出”を簡単に加えることもできる。例えば絵に描かれていたものが飛び出して美術館内を周回したり、絵自体が扉となって、その絵の中に入りこんでいくような演出も可能です。現実では不可能な全く新しい展示体験ができるので、とても面白いと思いますよ」
「技術的な部分以外にも、メタバース美術館ならではのメリット、楽しみ方があります。例えば現実の美術館だとまわりを気にして会話することが憚られると思いますが、メタバース内だと自由に気兼ねなく会話ができます。来館者同士でざっくばらんに絵の感想を言い合ったりして、自由にコミュニケーションをとることができます。もちろん、会話したくない人はミュート機能を使って、静かに鑑賞することも可能です」
「また、現実の美術館だと混んでいると作品が近くで見ることができないこともありますが、メタバース内ではアバター同士は重なっても透過するので、常に最前列で作品を見ることができます。面白いのが、皆そうだと分かっていても、自分の後ろに人がいると「あ、前にどうぞ」みたいな現実と同じような挙動がおこったりすること。メタバースの中で現実と同じ気遣いがあったりすると、なんかちょっとほっこりしますね(笑)。メタバース空間に国境はないので、さまざまな国の方と気軽に異文化交流ができるのも面白いところだと思います」
「さらにメタバース美術館の大きなメリットとなるのが、作者と直接触れ合いやすいこと。まず、美術館へはクリックをするだけで行けるので、移動のコストや時間的な制約を最小限にでき、在廊の回数自体を増やすことができます。これはすべてのメタバース美術館にいえることではないのですが、僕が企画しているものでは、週に一度は画家の方に在廊してもらい、来館者の方と直接コミュニケーションをとってもらえるようにしています。作者の方から直接説明を受けながら作品を鑑賞できることは、ひとつの大きな価値ではないでしょうか。技法やその作品が生まれた背景などを直接聞くことによって、今までと作品の見方が変わったり、理解が深まったという人も多くいらっしゃいます」
「メタバース内でコミュニティが形成され、オフラインでも繋がるケースも珍しくありません。実際、メタバース美術館がきっかけでアートに興味をもち、現実世界でも美術館に足を運んだという方は多くいらっしゃいます。メタバース美術館で展示をしていた画家の方が現実で個展をする際、実際に来てくれた方も。まだまだ『バーチャルでは駄目だ、リアルでこそ』という方も多いですが、作品の見せ方やブランディングの一つのツールとしてメタバースが使えるんだということも証明できつつある。メタバースを現実と切り離されたものと考えるのではなく、現実世界をよくするためのツールや入口として使ってもらうことで、アート全体の裾野が広がっていけば良いと思います」
「僕がこれまでメタバース美術館をやってきて特に面白いなと感じたのが、メタバース美術館に来る人の多くは、アートにあまり関心がない人ばかりだということ。最初は“メタバースで何か面白そうなことやっているから行ってみよう”くらいの感覚で来ている人がほとんどです。そういう人たちがメタバース美術館をきっかけにしてアートに興味を持ってくれるのが、僕はすごく良いことだと思っていますし、年々来館者が減っている美術館にとっても、アートの魅力を知ってもらうためのひとつの突破口になると考えています」
新しいアートの楽しみ方として、これからさらに注目を集めそうなメタバース美術館。実際、アートにさほど関心がない人は、現実世界で休日に時間を割いて美術館に行くのはちょっとハードルが高いかもしれない。そんな人も、まずはメタバース美術館で気軽にアート体験をしてみてはいかがだろう。そこが入り口となり、最終的には自身の五感をフル活用し、肌で感じる本質的な美術鑑賞に結びついていけば最高だ。
「メタバース美術館と一口にいってもさまざまあるのですが、僕が現在やっているメタバース美術館のようにVRChatというサービス上でやっているところであれば、「Meta Quest2」のようなVRゴーグルヘッドセットと、ある程度のスペックを備えたPCがあれば問題ありません。VR専用のアプリを落とし、そこから入ることができます。ブラウザ上で入れるメタバースもありますが、やはり会場の世界観を含めて楽しみたいのであればVRヘッドセットを使って入るほうが、没入感が圧倒的に高いのでおすすめです」
ぜひゲットして、まずは齊藤さん主催のメタバース美術館に参加してみることからおすすめしたい。日時等、開催の詳細は、自身のTwitterで発信しているとのこと。要チェック。https://twitter.com/T_I_SHOW