
Photos:TATSUYA YAMANAKA(stanford)
Styling:YONOSUKE KIKUCHI
Model:KENSEI MIKAMI
Text:SHINSUKE UMENAKA
2023.5.15
青森市の南東にある十和田市。八甲田山の麓に広がる、この街はニンニクの生産地や馬産地として有名だ。のどかな風景が広がる十和田市のメインストリートである十和田市官庁街通りの景色が一変したのは、2008年のこと。十和田市現代美術館の誕生がきっかけである。同美術館は展示室の一部が大きなガラス面になっていて、作品が通りからも見える開放的な空間構成になっている。また、屋外や市中にも作品が展示されていて、街全体にアートな空気が漂っている。アート旅2日目は、そんな十和田市現代美術館を目指した。

宿泊先の青森市内から103号線に乗り、八甲田山に向かって車を走らせる。途中、昨日訪れた青森公立大学 国際芸術センター青森を通り過ぎた。この辺りが山の入口だ。開けていた景色から木々が生い茂る山道へと変わり、カーブが増えていく。残雪もちらほら見える。気温も市内と比べ低く、春先までは積雪で通行止めになるエリアなのだ。湯治の里で知られる酸ヶ湯温泉を抜けると、いよいよ山が険しさを増していく。そのまま1時間程度走り、山間を抜けると、すぐに十和田市の市街地が見えてきた。
ちらちらと確認できる大きなオブジェやモニュメントに、テンションがあがる。ひと際、目立つ花に覆われた馬のモニュメントがあった。チェ・ジョンファの《フラワー・ホース》だ。行き交う人がカメラに収めている。車を停め、チケットカウンターに向かった。と、そこにはカラフルなビニールテープで床一面が覆われたインスタレーション。ジム・ランビーの《ゾボップ》という作品だ。エントランスからはじまる、アート体験。これは期待が持てる。
最初の展示室に足を踏み入れるなり、思わず、声をあげてしまった。高さ約4メートルの女性像が突然、目の前に現れたからだ。奥にある血管までが透き通って見えるリアルな肌、刻まれたシワと、白髪混じりの髪の毛。そして身体に合った洋服と靴。非常に精巧に作られているが、サイズだけが非現実的。その奇妙な光景にいま、ここで何をしているのか、自分が揺らぎ出す。そんな不思議な作品がロン・ミュエクの《スタンディング・ウーマン》だ。どの位置に立って見ても、女性像と視線が合うことはない。そんな絶妙な表情も印象深い。
名和晃平の《PixCell-Deer#52》も独特の感情が去来する作品だ。この「PixCell」シリーズは、動物の剥製や楽器などの表面をすべて、透明の球体で覆った彫刻作品で、球体のレンズ効果で、奥にある物体の表面が拡大され、歪曲される。目の前に確かにリアルな鹿がいるが、透明な球体のせいで、周りを移動するたびに像が歪み、まるで映像を見せられているような気分になる。



《コーズ・アンド・エフェクト》と名付けられたソ・ドホの作品は、一見すると、天井から吊るされた巨大なシャンデリアのように思える。しかし、近づくと印象が大きく変わる。樹脂製のフィギュアが肩車をするように、幾重にもつながってできているのだ。その数、約10万体だとか。透明や赤のグラデーションになっていて、照明や外光を浴びて、シャンデリアのように輝く。それは生命の輝きであり、同時につながる人間像は、生と死が連綿と繰り返されていく輪廻転生も想起させる。

大きな窓から外光が降り注ぐ、明るい展示室がほとんどだが、ひとつ真っ暗な部屋がある。ハンス・オプ・デ・ベークの《ロケーション(5)》という作品だ。廊下との明るさのギャップに立ち入っても、しばらくは何も見えないが、目が慣れてくると次第にボックスシートの古いレストランのようなものが、見えてくる。シートの外に広がるのは、オレンジの街灯に照らされた高速道路だ。はるか遠くまで道が続いているように見えるが、実は錯覚を利用し、奥行き11メートル、幅10メートルで作られた世界だという。手前にある街灯は高さ4メートルほどだが、もっとも奥にある街灯はたったの40センチだとか。
レストランに置かれた古いラジオからは1970年代の不思議な旋律が流れ、ミステリアスで、不気味な雰囲気でもある。精巧さと幻想的な空気が入り混じった世界観に、ずっと見ていたいが、同時に早く出たい。そんな相反する感情が同居する。
美術館内や敷地内にとどまらず、街中にも作品が点在しているのが、十和田市現代美術館の特徴でもある。十和田消防署の目の前にあるのが、マシュマロのようにぶくぶくと太った家と車。エルヴィン・ヴルムによる《ファット・ハウス》と《ファット・カー》だ。本来、家や車は大きくなったり老いたりすることはない。しかし、太るという生物としての仕組みを車や家に重ねることで、機械や建造物であっても身体が成長するように変化する可能性を示しているという。
また、市民の憩いの場であるアート広場にあるのが、草間彌生の《愛はとこしえ十和田でうたう》だ。トレードマークである水玉模様のカボチャや少女、キノコ、犬など8つの彫刻が、大きく空が開けた芝生の広場で、ひと際、異彩を放っている。地元の幼稚園児たちが日本を代表する作家の作品の周りを嬉々として走り回っている光景は、微笑ましくもあり、羨ましくもある。



十和田市現代美術館には、「cube(キューブ)」というカフェ&ショップが併設されている。カフェやショップのみでの利用もできるため、観光客はもちろん、地元の人も訪れるという。現代アートは美しさや造形の迫力は、もちろん意味やコンセプトを推測するなど、頭も使って鑑賞する。刺激を受けた脳をクールダウンするためにも、カフェが併設されているのは嬉しい。ひと息ついたあとは、美術館オリジナルグッズやデザイナーが手がけたミュージアムグッズを物色することにした。




TEL:0176-20-1127
定休日:月曜日(祝日の場合は翌日)、年末年始
開館時間:9:00〜17:00(入場は16:30まで)
https://towadaartcenter.com/
旅先ではアイロンがけができないと考えて、差し支えないだろう。極力、シャツやパンツにシワが入らないよう、配慮して持ち運ぶことはできるが、それでも完璧にシワを防ぐことはできない。そんな旅ならではのファッション事情も考慮しつつ、アート旅にふさわしい着こなしを提案する。
イッセイ ミヤケを代表する技法のひとつとして知られる「製品プリーツ」。シワにならず、速乾性にも優れたプロダクトで、スーツケースに畳んで収納しても、まったく問題ない。それでいて、モードなデザインが現代美術館の世界観とシンクロする。作品を邪魔しないシックなカラーリングもアート旅のメインクローズにふさわしい。
ジャケット77,000円、パンツ38,500円/ともに、HOMME PLISSÉ ISSEY MIYAKE(ISSEY MIYAKE INC. TEL:03-5454-1705)、シャツ35,200円/ヨーク(エンケルTEL:03-6812-9897)、シューズ22,000円/コンバース(コンバースインフォメーションセンター TEL:0120-819-217)



HOMME PLISSÉ ISSEY MIYAKEのジャケットとパンツに純白のシャツをあわせたミニマルなコーデ。白壁の多い、美術館に違和感なく溶け込む。パンツはゆったりしたシルエットで、あちこち歩き回っても、ストレスを感じることがない。心地よい風を感じられるため、いまの季節に履きたいシルエットだ。
ジャケット66,000円、パンツ39,600円/ともに、HOMME PLISSÉ ISSEY MIYAKE(ISSEY MIYAKE INC. TEL:03-5454-1705)、シャツ48,400円/MANAVE(HEMT PR TEL:03-6721-0882)、シューズ/スタイリスト私物

エネルギッシュで創造性に満ちた作品と出合う。それがアート旅の醍醐味だ。また当然、自分以外の鑑賞者もいるだろう。そんな場所では、できるだけ黒子に徹したい。黒のワントーンコーデなら、どんな作品の前でも存在感を消すことができるだろう。
シャツ35,200円/ヨーク(エンケルTEL:03-6812-9897)、ハイネックカットソー16,500円/キクス ドキュメント.(HEMT PR TEL:03-6721-0882)、パンツ26,400円/HOMME PLISSÉ ISSEY MIYAKE(ISSEY MIYAKE INC. TEL:03-5454-1705)、サングラス64,900円/アイヴァン 7285(アイヴァン 7285 トウキョウTEL:03-3409-7285)
