
金沢はアートの街であると同時に工芸の街でもある。加賀藩の2代目藩主・前田利常が工芸を保護し、金沢城の元に職人たちが集まるようになったことで、モノづくりの文化が形成されたという。そして、加賀絹や九谷焼といった工芸品が、その伝統はいまも続いていることを物語っている。また、日本の戦後の工業デザインを牽引した柳宗理の名作に出合える柳宗理記念デザイン研究所もある。続いては、金沢の工芸を紹介しよう。
Photos:TATSUYA YAMANAKA(stanford)
Styling:YONOSUKE KIKUCHI
Model:KENSEI MIKAMI
Text:SHINSUKE UMENAKA(verb)
2025.3.17

柳宗理。その名前は知らなくとも、彼の代表作である、バタフライ・スツールやエレファント・スツールは見たことがある、という人は多いだろう。それほど、柳宗理が関わったインダストリアルデザインは時代を超えて、愛されている。柳宗理と金沢の関係は、バタフライ・スツールを発表する1年前の1955年に遡る。金沢美術工芸大学の産業美術学科で工業デザイン専攻の教授に就任したのである。1956年に銀座松屋で発表したバタフライ・スツールは、翌年のミラノ・トリエンナーレで、ともに出品した白磁土瓶とともに金賞を受賞。さらに、翌1958年には、バタフライ・スツールがニューヨーク近代美術館のパーマネントコレクションに選定されるなど、国際的な評価を高める最中に、金沢美術工芸大学で教授を務めていたことになる。1967年には教授を退任するも、1968年からは非常勤として、およそ50年に渡り教鞭をとり続けた。こうした同大との縁もあり、2012年3月に、作品をはじめとするデザイン関係の資料7000点余りが財団法人柳工業デザイン研究会から寄託。これを契機に、金沢美術工芸大学の附置施設として柳宗理記念デザイン研究所は設立されたという経緯だ。

そんな柳宗理記念デザイン研究所は、大学のキャンパスとは異なり、近江町市場に程近い、主計町茶屋街の側にある。入館は無料で、常設の展示資料室に加え、ダイニングやキッチンなど、実際の生活空間を模したスペースに約200点の作品がディスプレイされた展示室を持つ。椅子に座っても構わないし、柳宗理の食器やカトラリーを手に取っても構わない。さらに、作品には説明文やキャプションといった、こうした展示室では見慣れた解説がない。そこには「先入観を与えることなく、来館者が直に作品にふれ、モノとの対話によって、柳宗理のデザインを感じ取ってほしい」というメッセージが込められているのだ。

柳宗理が生み出したプロダクトは、印象に残るデザインのものばかりだが、どれも奇をてらっているわけではない。意匠性と機能性が見事に調和しているのだ。だから、使ってみればその良さがわかるものばかりだろう。たとえば南部鉄器のミニパンも、完全な円形ではなく、少しの出っ張りがある。他とはちょっと違うデザインの個性の部分だが、出っ張りがあることでソースや完成した料理を皿に移しやすくなる。また、幾重にも円を描く「染付紋・渦」の紋様が入った和食器シリーズも非常に持ちやすい。


1954年に発表したエレファント・スツールもそうだ。世界初の完全一体成型のプラスチックスツールとして開発されたが、まるで象の脚のような形状をしていることから、「象脚スツール」とも呼ばれる。FRP素材で作られているため、耐久性を持ちながらも、女性が片手で持ち運べるほど軽い。さらに、使わない時は積み重ねて収納することができるので、省スペースになるのだ。柳宗理はこんな言葉を残している。「デザインは社会問題である」と。あくまで見た目を工夫するのではなく、必然性を伴ってはじめてデザインとして意味をなすということなのかもしれない。


柳宗理デザイン研究所で創造性に富んだ食器やカトラリーを見ているうちに、自分でも何かを作ってみたいと、創作意欲に火がついた。そこで向かったのは、明治3年(1870年)創業の九谷焼の窯元・九谷光仙窯だ。こちらではろくろ体験や、絵付けの体験をすることができる。
九谷焼の粘土は「磁土」という陶石から作られており、粒子が非常に細かいのが特徴。感触も独特で、思い通りに仕上げるには、何年も修練が必要だ。ただ、九谷光仙窯ではろくろの職人が最後まで寄り添ってくれるので、誰でも完成まで進めることができる。とはいえ、油断していると、手元が狂い、あっという間に器は形をなさなくなってしまう。息を整え、集中して、ろくろと向き合ううちにコツも掴めてきた。これはハマるかもしれない。

九谷焼では、素地とよばれる白い器に線描きをし、彩色を施す。九谷光仙窯では、この線描きを体験することができる。鉛筆で下書きや目印を書き、和絵具を使って、好きな絵柄やイラストを器に描いていく。彩色に関しては、色見本から選んだものを、職人が仕上げてくれるのだ。絵窯にて再度焼いて完成に。およそ、約2か月後に手元に届く。

九谷光仙窯では工房見学も受け付けている。職人が九谷焼の工程や特徴について解説してくれるのだ。明治3年創業の古い工房のため、あちこちが歴史を感じる貴重な器も展示されている。質問したいことがあれば、個別に聞けるため、旅のアトラクションとしても楽しめる。


九谷焼窯元 九谷光仙窯
住所:石川県金沢市野町5-3-3
営業時間:9:00〜17:00
TEL:076-241-0902