
高橋文哉さんは、近年、出演作が続々と決定し、露出を増やしている若手俳優。今年は前途有望な新人俳優に贈られるエランドール賞を獲得し、さらなる飛躍が期待されている。もともと料理人を目指していたこともあり、料理が得意で、また多趣味でも知られる。公私に慌ただしい日々を送る彼だが、最近、はじめてのひとり旅を経験したという。行き先は、今号でも特集している金沢だ。
「金沢に行ってみたいレストランがあって、それで訪れました。時間があったので、観光名所にも立ち寄ったのですが、カメラが趣味ということもあって、金沢21世紀美術館に行きました。実はひとりで旅するのは、今回がはじめてだったんです。誰かと一緒だったら、作品を見ながら感想を共有することができますが、ひとりだとそれも叶いません。なので、鑑賞しながら、メモを取ることにしました。どんな作品を見て、何を思ったのか。この旅で得たものや、感情を書き留めることで、自分を見つめる良い機会になりました。職業柄、役と向き合う時間はあるのですが、意外と自分と向き合うことって少ないんです。自分ってこんなことを考えるのかと、思わぬ発見がありました」
アート作品を鑑賞するうちに、役者との共通点を感じたという。
「人が集まるような有名な作品ですが、僕には理解が及ばない作品もありました。反対に僕がすごいなと感銘を受けた作品を素通りする人もいます。感じるものは人それぞれで、それはお芝居にも通じるなと思いました。そんなことに思いを巡らせながら、作品を見ていたのですが、この感情を忘れてしまうのは、もったいないとメモを開いたんです。人と来ていたら、こんな演技論のような話題を口にするのは憚られたと思います。でも、いつか僕が自分で作品づくりをするなら、創作のヒントになるかもしれません」

金沢21世紀美術館に行く動機となった趣味のカメラだが、雑誌の連載を機にはじめ、“人”は被写体にしないのだという。
「僕が撮るのは風景。人だけは撮らないと決めています。雑誌の企画で2度だけ、チャレンジしたことがあるのですが、向いていないと思うんです。自我があるものにカメラを向けるのが、好きじゃないというか、僕の自我が強いからか、自由に切り取ることのできる被写体じゃないと気持ちよく撮れません。たとえば、さきほどの撮影でも、こういうポージングをしてくださいと言われてやるのではなく、自分が気持ちいいと思う姿勢やポーズで撮られていく。そんな姿勢でいつもカメラの前に立っています。なので自分が撮る側に回ったときも、被写体には、どんな我慢もしてほしくないんです。ありのままを収めたいという気持ちが強いんです。」
金沢へのひとり旅は、想像以上に刺激的だった様子の高橋さん。この旅を機に、“スイッチ”が入ったようだ。
「英語が話せないですし、海外に数回しか行ったことがないのですが、海外へのひとり旅もいいなと思うようになりました。以前、仕事で訪れた韓国で、たまたまひとりで延泊する機会がありました。その夜は、ひとりでご飯を食べに行ったのですが、その時間がすごく好きでした。頼れる人がいないので、なんとか自分が知っている単語を絞り出して、現地の人と会話をしようと努力したりして。一日で、語学がすごく上達した気がしました。成長の機会になると感じたんです」
未知の世界に飛び込み、体感することで得られる経験はきっと役者としても、大きな財産になるはずだ。

そんな高橋さんは、3月20日から全国公開される劇場映画「少年と犬」で主演を務める。監督は、「64-ロクヨン-」や「ラーゲリより愛を込めて」などで知られる瀬々敬久だ。
「瀬々監督は、数多くの作品を撮られてきていますが、僕の印象はフランクな方。演出してくださるときも、言葉で事細かに説明するというよりも、擬音を多用されていました。言葉による説明は明確な分、それに囚われてしまうというデメリットがあります。とくに僕のような経験が浅い役者は監督の言葉を追いかけて演技してしまいがちです。その点、擬音は僕らに考える余地を与えてくれるんです」
とくに本作での高橋さんの共演相手は“多聞”という犬だ。言葉よりも態度や表情が関係を築く、肝となる。また、東日本大震災で被災したことで貧困に陥り、疲弊しているというバックグラウンドもある。主人公の陰を、佇まいで見せていかなければいけない。擬音で演出するという瀬々監督の狙いが功を奏したに違いない。
また、幼少期から犬を飼っていたという高橋さん。物心がついたころから犬とともに生活していた。そんな特別な存在である犬との共演は感慨深かったと語る。
「僕自身、生まれたときから実家に犬がいて、犬とともに生きてきたと言っても過言ではありません。大好きな犬と映画を撮影できたことに、とても感謝しています。多聞役のさくらとは、撮影前にコミュニケーションを取って撮影に挑んだのですが、ワンちゃんにしか出せない生のお芝居や、そこに中垣和正としてリアルに向き合う楽しさを感じることができました」
そして、最後に本作の見どころについて、こう語ってくれた。
「本作は奇跡のようなストーリーなので、ファンタジーとして捉える観客の皆さんもいるかもしれません。でも、犬という身近で、ペットとして飼っている人が多い動物がいろいろな人をつないでいく、尊さや儚さを描いています。なので、幻想で終わらせるのではなく、日々の生活に心を寄せながら、この作品が持つ価値を見出してほしいと思っています。そんな受け取る人によって、さまざまな解釈や思いを巡らせることのできる、この余白のある作品をぜひ楽しんでください」