
金沢がアートの街と呼ばれるのは、金沢21世紀美術館があるからではない。もちろん、同美術館の貢献度は大きいが、その起源を遡ることができる。たとえば戦国時代に加賀藩の2代目藩主だった前田利常の功績だ。美術や工芸、そして芸能といった文化の保護に積極的に動いたことが素地になり、工芸やアートを重んじる空気が醸成されていった。現在も市井に小さなギャラリーが点在していることは、その伝統につらなる、金沢の文化だろう。そんな金沢の街を歩きながら、ギャラリーを巡ることにした。
Photos:TATSUYA YAMANAKA(stanford)
Styling:YONOSUKE KIKUCHI
Model:KENSEI MIKAMI
Text:SHINSUKE UMENAKA(verb)
2025.3.17
金沢駅から北に向かって車を走らせること、およそ10分。倉庫が立ち並ぶ、閑静なエリアに出た。ここに目指す美術館「ASTER Curator Museum」はある。2024年7月にAster galleryから、Aster Curator Museum にリニューアルオープンした美術館で、キュレーターの視点を重視している点が特徴的だ。現代アートはただ鑑賞するのではなく、生活の中に取り入れる時代へと変容している。そのため現代アートの価値をわかりやすく提示する必要があり、キュレーターの存在が重要視されるという。訪れた際も、キュレーターの手による複数の企画展が開催されていた。



ひとつはキュレーターの沓名美和による「『迷宮からの招待』−不条理と喪失の記憶について−」(3月30日まで開催)だ。安井鷹之介、池田杏莉、Yao Qingmei、Rediscover projectといったアーティストが参加し、現実に起こった不条理と喪失の記憶をテーマにした作品を展開していた。能登半島の人々にとって、近年の不条理と喪失の記憶といえば、2024年の元旦に発生した地震。池田杏莉は家族の遺品や思い出の品のテクスチャーを収集して、記憶を標本するように作品を作り続けてきたが、今回の展示にあたって、能登の人々から震災の記憶を取材し、新しい作品へと昇華させていた。また、安井鷹之介は、東日本大震災で津波の被害を受けた宮城県石巻市雄勝町を取材。海とともに生きる人々の懸命な姿を作品にしてきた。さらに、会場にはRediscover projectの作品も見られた。彼らは能登半島地震の被災地で割れた九⾕焼などを収集し、作品に転換させている。アートだからできること、アートにしかできない記憶への残し方だろう。


もうひとつの展示は、キュレーターの山本浩貴による企画展「具象⇔抽象」(3月30日まで開催)だ。絵画において、しばしば作品を「具象」と「抽象」で分類する視点を見る。しかし、そうした枠組みに嵌めてしまうことは、正当な評価につながるのだろうか? 若手アーティストたちの作品を通して、絵画において具象的なものが抽象的なものに変わる瞬間や契機、あるいはその反対の現象について探ってみたいと、キュレーターの山本浩貴は企画の意図を語る。デジタルの複製をアナログで行うことで、価値の曖昧さを作品に仮託し、可視化した作品を制作する大澤巴瑠や、自然や風景をモチーフに絵画を制作する福原優太、光を空間に柔らかく広げる作品を制作する澤田光琉らが参加していた。

そして別棟で開催されていた、もうひとつの企画展「田中里姫と鵜飼康平の二人展 ー 素材と扱いと空間」にも足を運んだ。こちらは東京藝術大学の名誉教授で、金沢21世紀美術館の特任館長を務めたこともある、キュレーターの秋元雄史によるものだ。田中里姫はガラス工芸の作家で、鵜飼康平は金沢美術工芸大学卒の漆芸作家。ガラスと漆という異なるフィールドで活躍するふたりの作家だが、ひとつの空間で鑑賞すると、素材や技巧の違いが際立ち、興味深い。






ASTER Curator Museumを後にし、続いて向かったのは、金沢美術工芸大学。加賀友禅、九谷焼、金沢箔(金箔)、金沢漆器などなど、全国に轟く金沢の伝統工芸は数知れず。また、近現代工芸・デザイン専門の美術館である国立工芸館が、2020年に金沢に移転してきたことからもわかるように、金沢はアートの街であると同時に工芸の街でもある。その伝統を未来につなぐ役割を担っているのが、金沢美術工芸大学だ。充実した設備・環境のなかで、次世代の職人やアーティストたちが学んでいるが、一般の人でも自由に鑑賞できるアートギャラリーを併設している。降り積もった雪に足を取られながら、エントランスまでたどり着くと、大きなモーゼ像が建っていた。また、穴のような窪みのある赤いオブジェは、金沢21世紀美術館に恒久展示作品があるインドの彫刻家、アニッシュ・カプーアによるものだ。



金沢美術工芸大学ではアートギャラリーに加え、「平成の百工比照」というプロジェクトを実施している。江戸時代の加賀藩では、工芸標本を集め、「百工比照」という名で収蔵していた。この現代版が「平成の百工比照」だ。工芸の制作や理論を専門とする教員自らが全国の産地を訪ね、工芸の技法や制作の過程、あるいは材料の見本や道具といった、いわば工芸のサンプルを集めているのだ。陶磁や漆工、金工や染織など、すでに6300点を超える資料が集まっている。そして、これらは自由に閲覧することができるという。美術館や博物館に行けば完成品を見れるだろうが、それに至る過程や道具などを目にして、観察できる機会など、ほとんどないはずだ。伝統工芸を未来につなげる貴重なアーカイブは、学生でなくても、好奇心を刺激される。

金沢美術工芸大学ではアートギャラリーに加え、「平成の百工比照」というプロジェクトを実施している。江戸時代の加賀藩では、工芸標本を集め、「百工比照」という名で保管していた。この現代版が「平成の百工比照」だ。工芸の制作や理論を専門とする教員自らが全国の産地を訪ね、工芸の技法や制作の過程、あるいは材料の見本や道具といった、いわば工芸のサンプルを集めているのだ。陶磁や漆工、金工や染織など、すでに6000点を超える資料が集まっている。そして、これらは自由に閲覧することができるという。美術館や博物館に行けば完成品を見れるだろうが、それに至る過程や道具などを目にして、観察できる機会など、ほとんどないはずだ。伝統工芸を未来につなげる貴重なアーカイブは、学生でなくても、好奇心を刺激される。
