新品の洋服では見かけないデザインやプリント、褪せた色味、生地の風合いなど、古着には新品とは違った個性がある。90年代にも古着のブームがあったが、当時と今とでは何か違いはあるのだろうか? 1998年に町田に古着店「デザートスノー」を創業し、およそ30年間、古着業界の趨勢を見守ってきた鈴木道雄さんに「古着業界の過去と未来」について聞いた。
Photos : KAZUSHIGE MORI
Text : SHINSUKE UMENAKA(verb)
鈴木道雄(すずき みちお)
1978年5月30日生まれ。東京都出身。中学時代に、ファッションに興味を持つようになり、フリーマーケットで洋服の売買を経験。中学卒業後、埼玉県草加市の古着店「フラフ-プ」でアルバイトを始める。1998年、東京都町田市に古着店「デザートスノー」をオープン。以降、全国に店舗網を広げる。現在は、運営会社のデザートスノーのほか、日本の古着を扱うMICMO、ラグジュアリーブランドの中古を販売するCOMMISSION、古着ECを運営するPATHOGRAPHYなど、多数の法人で代表を務める。
1998年に東京都町田市に古着店「デザートスノー」をオープンさせた鈴木さんだが、古着との出合いはさらに遡る。中学に進学し、ファッションに興味を持つと、安い洋服を求めてフリーマーケットに顔を出すようになる。そして、古着と出合い、自分でも不要な洋服を売るようになったという。
「フリーマーケットでの出合いをきっかけに、中学卒業後に埼玉県草加市のフラフ-プという老舗の古着屋さんでアルバイトさせてもらえることになりました。1年後、休職して高校に通学したのですが、すぐ退学になってしまって……。それで再びフラフ-プに戻りました。店頭での接客に加えてアメリカでの買い付けにも同行させてもらい、古着ビジネスの基礎を学びました。その後、フラフープのアメリカ在住のバイヤーさんに声をかけていただき、小田原にデザートスノーという古着店を出店しました」
鈴木さんは20歳で独立することを決めていたため、小田原のデザートスノーは短い期間の営業に終わったと語る。そして鈴木さんは町田に「デザートスノー1号店」をオープン。町田を創業の地に選んだ理由は、こうだ。
「当時は小田原に住んでいたため、休日に街へ出かけるとしても町田が距離的に限界でした。そのため、よく訪れては古着店を見て回っていたんです。町田はすでに古着の激戦区として有名でしたが、僕には勝ち筋が見えていました。なんというか、町田の古着屋さんには少し隙があるように感じていました。例えば、リーバイスの70505の3rdの古着が、どこのお店に行っても12,800円で売っていました。しかも、たいして売れていないのに値段を下げない。そのせいでアメリカでは70505の3rdの在庫が余り、値崩れを起こしていたんです。そこで僕は、10ドルかそこらで全部買い占めて、町田店のオープンの時に目玉商品として3,900円くらいで売りました。そんな値付けは誰も見たことがないので、爆発的に売れたんですよ」
町田での成功をきっかけに、鈴木さんは全国各地に出店するようになる。仕入れ先に選んだのは、意外にもタイやパキスタンだったという。なぜUS古着を買い付けるために、タイやパキスタンを目指したのだろうか?
「タイはカンボジアの隣国ですが、国境付近に救援物資などが集まるマーケットがありました。内戦で埋められた地雷の撤去作業を側でしているような混沌とした地域でしたが、古着を商売にしている人も集まっていました。ヴィンテージ古着の絶対量はアメリカのほうが多いのですが、タイでも稀にお宝が出るし、距離も近くて渡航がしやすい。独自の仕入れ先を探している時だったこともあり、タイで買い付けるようになりました。そこで仕入れたタイパンツが、日本でものすごい勢いで売れた思い出もあります」
また、一時期爆発的に流行ったダメージ加工のジーンズも、タイでは大量に見つかったという。
「穴の空いたジーンズや、意図的に傷をつけたダメージ加工のジーンズが、その昔日本で流行りましたが、タイではそんなジーンズは売れませんでした。商品とは誰も思わず、その辺に捨てられている有様。それを買い占めて日本に持って帰ってくると、全部売れる。そんな時代もありました」
ちなみに近年、タイでは古着人気が高まっており、一部のアイテムは日本よりも高値で売買されるほどだとか。
「バンドTシャツが日本で流行っていますが、これは世界的な傾向です。なかでもニルバーナやアイアンメイデンのプリントTシャツの人気はタイが牽引しました。コンバースのスニーカーもタイでは人気があり、日本のオークションサイトでも、出品するとタイ人が全部持っていくのではないでしょうか? 円安のため、アメリカやヨーロッパに古着の買い付け価格で負けるのはわかりますが、いまや日本よりタイの業者のほうが高値で買っていきます。日本の物価の安さを痛感しますね」
もうひとつの仕入れ先であるパキスタンは、どんな古着マーケットなのだろうか?
「タイで仕入れをしていると、一部の古着がパキスタンから流れてきているという噂を耳にするようになりました。それでパキスタンのことが気になっていたのですが、実際に訪れることになったのは、思わぬトラブルがきっかけでした。ある時、うちのスタッフがアフガニスタンに渡航する用事があり、乗り継ぎ地点だったパキスタンに降り立ちました。そこで、トラブルで数日間足止めされることになったんです。暇を持て余したスタッフがパキスタンの街に出ると、巨大な古着のマーケットを発見し、興奮した様子で連絡してきました。それで僕も駆けつけました」
当時のパキスタンは、世界のゴミ捨て場だったという。例えばアメリカ国内で不要になった古着を処分すると、処理代が発生する。処分する量が増えれば、バカにならない金額がかかる。それなら船代を支払ってもパキスタンに送ってしまったほうが得と考えたわけだ。
「パキスタン政府もこの状況を後押ししました。環境汚染が発生していた自動車部品工場から古着産業への転換を促し、カラチという都市の港湾エリアにタックスフリーのゾーンをつくって、古着を保管していても税金がかからないようにしたんです。今では欧米から不用品ではない“古着”も集まり、本国で行われていた仕分け作業がパキスタンで行われています。膨大な量の古着を仕分けるには、大変な人手がかかりますが、人件費もパキスタンのほうが圧倒的に安いですから。世界のゴミ捨て場から、世界一の古着マーケットに変貌しました」
興味深い古着ビジネスの裏側に、思わず聞き入ってしまった。このように順調に仕入れ先を確保していた矢先、古着ブームの終焉が訪れる。
「あれは2004年か、2005年くらいだったと思いますが、スキニーパンツがファッションのトレンドになり、タイトなSサイズしか売れなくなってしまいました。US古着でSサイズといえばキッズ向けの商品です。トレンドにあった古着を仕入れるのが非常に難しくなり、お客さんも古着から距離を置くようになってしまいました。12、13店舗までに事業を広げていたのですが、4、5店舗にまで大きく縮小して、耐えしのぐしかありませんでした」
一気に古着は冬の時代に突入したのである。それは2016年頃まで続く。
「その後、最初に80年代後半から90年代に生産された古着から売れはじめてきました。以前なら、仕入れなかったような時代の商品です。さらに今では90年代後半から2000年代の古着へと、どんどん新しい古着に注目が集まるようになってきています。それが最近の古着ブームの特徴で、以前との大きな違いでしょうか。また、10代、20代の若者は、全身を古着で揃えたりするのですが、彼らより上の世代の20代後半から30代の人たちは、古着を新品と上手にミックスさせて、フラットに着こなしている印象があります。古着屋で買い物をするというより、古いものを扱うセレクトショップで洋服を探している、そんなムードに変化しているように感じます。だからお店の内装も、いわゆる古着屋らしい匂いがする暗い店構えはウケない。明るくてきれいなアパレルショップのような雰囲気にしています」
また、売れ筋の商品を見極めるのが、年々、難しくなっていると語る。
「ヨーロッパやアメリカのバイヤーが何を買っているのかなど、同業者の仕入れを参考にすることもありますが、以前よりも、売れるものを予測するのが困難になっていると感じています。もちろん国によってブームや買い方は違いますが、消費者だけを見ていてもわかりません。人気の移り変わりが非常に早いので、海外で目当ての古着を集めているうちに流行が終わってしまうこともあるのです。規模の小さな古着店なら少量集めれば良いのですが、僕らは一度に少なくとも1000着は買いたいので、どうしても集める時間が必要になります」
こうして、30年近く古着ビジネスに関わってきた鈴木さん。最後に、今後の古着業界が目指す方向性について聞いた。
「古着が売れたら新品が売れない。反対に新品が売れたら、古着が売れなくなる。そんな古着と新品が常に対立するような時代から脱却する必要があります。実際、若い人たちの間では、古着屋はセレクトショップのひとつのような認識になってきています。だから、業界としてももっと日常に古着が当たり前にある社会にしていきたいと思っています。例えば現在も郊外のショッピングモールに行くと、古着店が入居しているケースもありますが、多くは上層階に店舗があります。それが1階になれば、もっと気軽に古着が買いやすくなるはずです。また、下北沢や町田、高円寺など古着で有名な街が都内にもいくつかありますが、もっとメジャーな街に出店していきたいと思います。新宿や銀座に路面店があり、古着の敷居が下がっていく。それが今後の目標ですね」
一方で、40代や50代など、以前のブームを知り、ヴィンテージ古着の良さを知る人たちに向けて、昔ながらの古着屋もつくっていきたいという。
「ある時、自分が経営する店舗を見て、『つまらないお店だな』と感じたんです。もっと自分たち世代が入りたくなるような、お店をつくらないといけない。それでつくったのが、デザートスノー下北沢ガーデン店です。アンティークの古着を多く揃えていますが、どれも細部にこだわりが詰まっていて、こんなつくり方をするんだと惚れ惚れするようなものばかりですよ」
デザートスノー下北沢ガーデン店
東京都世田谷区北沢2-26-14 下北沢グリーンガーデン
TEL:03-5761-6390
営:平日12:00〜20:00、土日祝11:00〜20:00
定休日:不定休