「釣り」から学ぶビジネスTips ショウサイフグ編

サラリーマンアングラー釣り五郎がゆく!その13

人数制限を行い、一人ひとりが十分な距離を取ることで、密にならない工夫をしている船宿が増えている。そのためアウトドアレジャーとして人気が高まる海釣り。魚種も豊富で、狙うターゲットによって、仕掛けや釣り方が変化する奥深さもリピーターが増える理由となっている。ちょっとした工夫や学びが釣果を大きく左右するのだ。そんな釣りの醍醐味をお届けする連載企画。

Illustration : MIKI TANAKA Text : SHINSUKE UMENAKA(verb) 2021.7.15

登場人物
  • 魚釣五郎
    魚釣五郎(30才)
    うおつり ごろう。あだ名は“釣り五郎”。職場は海川商事。好きな寿司ネタはエンガワ
  • 鰒田一平
    鰒田一平(52才)
    ふぐた いっぺい。魚釣五郎の上司。休日は釣り三昧。好きな寿司ネタはヒカリモノ
  • 中島星羅
    中島星羅(20才)
    なかじま せいら。東京都台東区にある浅草釣具のスタッフ。「フグの星羅」の異名を持つ

茨城県・大洗沖で花咲く白子と恋の予感

ショウサイフグ編

ショウサイフグ釣りのギア
サラリーマンアングラー釣り五郎がゆく!
今回のターゲット

ショウサイフグ

今回のターゲット【ショウサイフグ】

関東では通年、釣ることができる人気の魚。数が狙えるのは秋で、梅雨時期から初夏にかけては産卵期で白子を持った個体も上がる。いわゆる“フグ”で卵巣や肝臓には強い毒性があり、皮膚や腸などにも毒性を持つが、船宿なら免許を持ったスタッフがさばいて毒性のある部位を除去してくれる。市場価格は1kgで約1,500円。

事務処理のため、久しぶりに出社した五郎。昼休みにデスクでお弁当を食べていると、課長の姿が目に入った。オーバーな身振り手振りと、マスクをしていても変わらない声量の大きさで、遠くからでも容易に識別できる。なんだか、ずいぶん日焼けしているな。リモート勤務が推奨になったことを良いことに、釣り三昧の日々を送っていたのだろう。リモート会議では顔を合わせていたが、ディスプレイ越しと違い、実際に会うと、変化がよくわかる。そんな五郎の視線に気づいたのか、課長がこちらに歩いて来た。浅黒くなり、迫力を増した課長に気圧され、五郎は思わず、目を逸らしてしまった。

鰒田
鰒田「なんだ魚釣、来てたのか。そういえば、この間、興味を持っていたイサキ釣りには行ったのか?」
魚釣
魚釣「課長、お疲れ様です! いやぁ、行ったんですけど、結果は散々でした。棚が間違っていたことに気づくのが遅くて……」
鰒田
鰒田「修行が足りんな。夏休みに籠もって腕を磨いてくるか? それとも、彼女と釣り旅行でもして頭をリフレッシュさせてくるか? あ、そうか、魚釣は独り身だったか! 一緒に釣りをしてくれる彼女でも探すんだな。ガッハッハ」

釣りに付き合ってくれる彼女がほしい(涙)

その後、ひとしきり以前釣り上げたイサキの自慢話をして、課長は去っていった。デリカシーのない言葉の数々に辟易した五郎だったが、“彼女と釣り旅行”というフレーズだけは心に引っかかった。確かに一緒に釣りに行ってくれる彼女がいたら、どんなに楽しいだろうと思うことがあったからだ。夫婦や恋人同士で釣りに来ている人を見かけるたびにうらやましく感じていた。

一方で釣りが趣味だという女性は少ないのではないかとも思っていた。とくに餌釣りでは、ゴカイやイソメといった、男性の五郎でも怯むような生き物を扱う。また屋外に長時間いるため、紫外線による肌や髪へのダメージも気になるだろう。さらに釣船のトイレ環境は整っているとは言えず、女性におすすめしにくいレジャーだ。でも、彼女と一緒に釣りをしてみたい……。

そんなことを悶々と考えているうちに、釣りに行きたくなってきた五郎は、夏のターゲットを調べることにした。数が狙えて、食べても美味しいキスは魅力的だ。ドラゴンサイズと呼ばれる大型のタチウオも釣ってみたい。ボートでのんびりアジ釣りをしてみるのも悪くない。迷ったが、五郎は昨年、一度、挑戦したショウサイフグのリベンジをすることに決めた。白子のある個体がまだ上がっていて、ギリギリ間に合うかもしれないと考えたからだ。一度は食べてみたい。前回は東京湾での釣りだったが、場所を変えて、茨城県の大洗港まで足を伸ばすことにした。

大洗のショウサイフグも東京湾と同じカットウ釣り

集合時間は4時半。都内を2時過ぎに出て、首都高から常磐道を経由し、大洗港を目指す。生憎の雨だったが、波は高くない予報で、船酔いしやすい五郎には救いである。港に着き、車を停めると、光来丸に乗り込んだ。

大洗でもショウサイフグは東京湾と同じカットウ釣りである。エサを付けた親針でフグをおびき寄せて、親針の下に付けたカットウ針と呼ばれるイカリのような形状の針で引っかけて釣るのだ。違うのは重りの大きさと餌。東京湾では10号前後の重りで、餌にはエビを使用するが、大洗では重りは30号前後、餌はアオヤギだという。

仕掛けを準備しながら、出港を待っていると、若い女性が乗り込んできた。あ、珍しい! しかも、釣座は隣だ。テンションがあがる五郎だった。釣宿や狙うターゲットによって、港の目の前で釣ることも稀にあるが、基本的に船釣りでは移動時間が長い。ポイントまで1時間近く船を走らせることもある。その間は船も速度を上げているため、準備ができず、手持ち無沙汰になる。したがって、隣の釣り人に話しかけやすいのだ。これはチャンスと五郎は出港すると思い切って、女性に声をかけてみることにした。

名前は中島星羅さんで、聞けば、父親の影響で幼い頃から釣り船に乗っているのだという。しかも、現在は浅草釣具という東京の釣具屋でアルバイトをしていると教えてくれた。ショウサイフグ釣りにも何度も来ているそうだ。危なかった……。てっきり初心者かと思っていたのだ。危うく、したり顔でショウサイフグの釣り方をレクチャーしてしまうところだった。

調子に乗った五郎は「どんな男性がタイプなんですか? やっぱり釣りが上手い人ですかね?」と尋ねる。すると「私、負けず嫌いだから、上手い人じゃないほうがいいですね。自分のほうが上手いと思っている男性って、すぐにマウント取ろうとするじゃないですか? だから、喧嘩になりそうで……」と答える星羅さん。初対面なのに、そんなことまで答えてくれるなんて、良い子や〜。彼女との会話に夢中になっているうちに、ポイントに着いたようだ。船長の号令で一斉に仕掛けを投入する釣り人たち。

「はじめてください。水深は25メートル」

五郎も慌てて、準備を済ませて、釣りはじめる。前回のショウサイフグ釣りで覚えた空合わせ(からあわせ)を続ける。空合わせとは、アタリを感じていなくても、3秒に一度くらい、竿を立てることで、フグを引っ掛けるという釣り方だ。フグの繊細なアタリに気づかず、餌ばかり取られてしまう初心者向けの釣り方で、心の中でカウントしながら、空合わせをする五郎。ふと気づくと、隣からカメラのシャーター音が聞こえた。もうすでにショウサイフグを釣り上げた星羅さんが自撮りをはじめていたのだ。マジか……。五郎はというと、ときどき当たりを感じものの、針に掛かってくれない。

大洗のショウサイフグも東京湾と同じカットウ釣り

フグの活性が悪いときは広く探って当たりを待つ

その後も五郎は実直に空合わせを続けるが、フグを引っ掛けるまでには至らない。そのうち、当たりも感じなくなってしまった。どうやら、それはみんな同じだったようだ。さっきまで賑やかだった船上が静かになり、雨の音だけが響く。完全に当たりが止まってしまったのだ。

ま、まずい。このまま1日終わってしまったら、かっこいいところを見せられないじゃないか。

そのとき「ちょっと投げて、手前に探って来ると、それだけ当たる確率がありますよ」と隣から声が消えた。驚いて振り向くと、首をひねってばかりの五郎をみかねた星羅さんがアドバイスをくれていた。確かに星羅さんは軽く仕掛けを投げ、そこからゆっくりと糸を巻く作業を繰り返していた。フグの活性が悪くなり、当たりが減ってきたら、その分、広く海底を探ることで、釣れる確率を上げるわけだ。

五郎はただただ空合わせをしていた自分が恥ずかしかった。釣れない、当たりが来ないなら、餌の付け方を見直したり、探る範囲を広げるなど、その日のコンディションにあわせた工夫をすることが釣りでは重要なのだ。

フグの活性が悪いときは広く探って当たりを待つ

ターゲットのいる深さに仕掛けを落とす大切さを再認識

真似をして、ちょい投げを繰り返す五郎。確かに当たりは増えたが、まだ針にかかってくれず、なかなかコツが掴めない。そして、時間だけが刻々と過ぎていく。そのときだった。ひときわ大きな当たりを感じ、五郎は思い切って竿を立てた。頼む! 掛かってくれ! 祈りながら、リールを巻きはじめた五郎。すると、ずしりとした重さを感じ、同時に竿が大きくしなった。

やった! 掛かった!

だが、まだ安心はできない。糸が緩んでしまうと、針が抜けてしまうこともあるのだ。慌てず、ゆっくりと巻き続けることが大事だ。五郎の興奮した声を聞いて、星羅さんもこちらに注目している。ますます釣り上げないわけにはいかない。

ほどなくして、魚影が見えてきた。デカイ! 興奮して、再び声を出す五郎。慎重に糸を手繰り寄せ、30センチは超えているであろう大きなショウサイフグをようやく船に取り込んだ。思わず、ドヤ顔で星羅さんに、フグを見せびらかす五郎。

一瞬、笑顔を見せてくれた星羅さんだったが、すぐに自分の釣りに集中しはじめた。あれ? 思ったリアクションじゃない。ふと、五郎は道中の会話を思い出した。自慢してくる男は嫌いって言ってたっけ……。やっちまった……。

フグの産地である下関では、フグのことを“福”にひっかけて、“ふく”と呼ぶ。どうやら、五郎には福は訪れなかったようだ。

ターゲットのいる深さに仕掛けを落とす大切さを再認識

今回の格言「乙女心がわからないドヤ顔の男は嫌われる」

釣ったら食うべし

簡単レシピ紹介「ショウサイフグの白子ポン酢」
Information
光来丸茨城県大洗港
TEL:090-3208-1091
浅草釣具東京都台東区入谷1-2-2
TEL: 03-3874-7855