ファッション
「なんでもない服を、なんでもなく着てほしい」
「STILL BY HAND」の気負わない理想
2023.03.16
「プレーン。シンプル。それでいて繊細」なアイテムを発表し、海外でも人気の大人のためのカジュアルブランド「STILL BY HAND」(スティル バイ ハンド)。2000年にたった5着でブランドをスタートさせた、デザイナーにして株式会社スタイルデパートメント代表取締役の柳 優介さんに、ブランドの歩みやポリシー、今季の推しアイテムなどを伺った。
取材/TAKANORI ITO
協力/嶋田哲也(muroffice)
ターニングポイントとなった2つのブランドスタート
――本日はよろしくお願いします。早速ですがブランドを始めた時のことを伺えますか?
「ブランドスタートには2ステージありまして、ひとつ目はブランドを始める前になります。僕はレディースの洋服の生産会社に勤めていたのですが、その時の取引先に『STUDIO ORIBE』(スタジオオリベ)というブランドがあったんです。そこで知り合った役員の方のすすめもあって、2000年にTシャツ5点ぐらいから、僕が一人で『STILL BY HAND』を始めました。スタート時から2007年頃までは『STUDIO ORIBE』に営業代行をしてもらっていて、セレクトショップの『SHIPS』(シップス)がやっていた別業態のお店に置いてもらったりしていました。その頃は、直接お客さんとの接点があるわけではなかったので、シーズンのサンプルをつくって展示会を開き、年に4回の展示会が終わったら生産をして……、その繰り返しを7年ぐらいやっていました」
――2つ目のステージが、いよいよ会社設立なわけですね?
「はい、その後の2008年9月1日に今の会社を設立したのですが、そこからはセールスも自社でするようになりました。『STILL BY HAND』の取扱店が半数ほど入れ替わった時期で、環境が変わっていったときでもあったので、改めて“ブランディング”というものの大切さを考えるようになったんです。そこで、PR会社の『muroffice』(ムロフィス)の中室太輔さんに『STILL BY HAND』のPRをお願いするようになりました。会社設立の時期も同じなのですが、その頃からずっと『muroffice』にお願いしています。『STILL BY HAND』は“アノニマス(匿名的)”な存在でありたいと考えていまして、そうなるとPRはしにくい。でも“アルチザナル(職人的)”な切り口で物事を語りたいかというとそういう訳でもありません。“なんでもない服を、なんでもないときに、好きな人が着てくれる服”が理想だったんです。なかなかPRに向かない設定なんですが(笑)。『muroffice』には、そういったニュアンスを感じ取ってもらい、シーズンのルックブックも一緒につくってもらっています。共にブランディングをやってきた存在で、感謝しています」
大切にしている言葉は「Unique enough, and yet basic」(ユニークさのあるベーシック)
――ブランドとして大切にされている言葉で「Unique enough, and yet basic」(ユニークさのあるベーシック)というものがあるとお聞きしました。この事柄についてお話いただけますか?
「2015年からパリとニューヨークで展示会をやり始めたんですが、2017年頃から取り扱いをしてもらっているセレクトショップのオーナーさんに『“STILL BY HAND”のどこを気に入って、取り扱いをしてもらっているんですか?』と聞いてみたんです。その答えが、『Unique enough, and yet basic』(ユニークさのあるベーシック)というものだったんです。外国の人にとって“ユニーク“というキーワードは最上級の褒め言葉というか、パーソナリティーを表す時にかなり好印象な言葉なんですよ。それに『ベーシック』という言葉が並ぶとすごくキャッチーだなと感じて、そこからブランドのホームページにも載せるようになりました。それ以来、ずっとその言葉を大切にしています」
「STILL BY HAND」2023’SSオススメアイテム
――商品についてもお聞きしたいのですが、ブランドにとっての定番で、何年もつくり続けているものはありますか? ブランドのファンの方々が「『STILL BY HAND』とはこれだ!」と思うアイテムはどんなものがありますか?
「それが少ないのも『STILL BY HAND』の特長なんです。基本的には毎年つくり替えたものを発表していますから。今季の春夏のオススメのアイテムは、モックネックTシャツとカーディガンで、共生地を使用したメランジのカットソーと定番のデニムパンツです。パンツはワンタックのトラウザータイプになっています。このぐらい細いシルエットは最近あまりないと思い、『STILL BY HAND』ではよくつくっています」
「プルオーバータイプのアノラックは表情のあるナイロン素材を使い、ポケッタブルになる仕様です。パンツは、タマムシ生地のベイカーパンツのディテールにタックを被せたデザインになっています」
「120cmぐらいのウエストを絞り上げて穿くシャンブレーパンツです。パンツ自体がギャザリングするというアイテムになっています」
海外での売り上げは約25%、「日本:海外」の取扱数量「1:1」を目指す
――『STILL BY HAND』は海外でも大人気ですが、どのように展開されていますか?
「2015年の秋物で初めて海外に進出し、パリの『MAN』(マン)という展示会とニューヨークの『Capsule』(カプセル)という展示会に出ました。その後は『MAN PARIS 』、『MAN NY』に出展しています。日本よりも先にコレクションが始まるので、先に海外の展示会に向けてサンプルをアップして、その後、型数をつくり足して日本で展示会を開くというサイクルでした。海外の売り上げが約25%と近年大きくなってきたこともあり、最近では95%ぐらいシンクロしたラインナップにしています。ブランドが海外に出るとサイジングの壁があるのですが、日本と海外の取扱数量を『1:1』にしたいと思っているので、海外に出始めてから、『日本向け』と『海外向け』とそれぞれサイズを変えてつくっています。『STILL BY HAND』の取り扱いはアジアでは、韓国、台湾、香港、中国で、ヨーロッパとアメリカももちろん展開しており、取引の多いヨーロッパは北米に比べると取扱店が倍ぐらいの数になります」
海外のセレクトショップにおける『STILL BY HAND』の展示空間を旗艦店で再現
――近年、“奥渋”といわれる渋谷神山町エリアに旗艦店『style department_』をオープンされました。そのきっかけを教えてください。
「いくつかやりたいことがあり、海外展開もそのひとつでした。そのなかに『旗艦店オープン』というのがあって、それで都内を自転車に乗りながら『どこがいいだろうか?』と物件を探したりしていたんです。このお店は2020年にオープンしたのですが、物件がまだ工事現場だった時に申し込みを入れました。建物の完成も見ない状態で、今考えると『すごいなぁ』と自分でも思うのですが(笑)、そうやって選んだこの場所で『STILL BY HAND』のアイテムとセレクトアイテムがラインナップされたお店をつくりました。『STILL BY HAND』の海外での販売価格は、当然日本より高い値段で設定されているのですが、同じような価格帯では『Acne Studios』(アクネスタジオ)などが並びになると思うんです。海外のセレクトショップで『STILL BY HAND』は『LOEWE』(ロエベ)や『Maison Margiela』(メゾンマルジェラ)のようなラグジュアリーブランドと並んでいたりするため、そういう並びで考えた時に、旗艦店ではあるけれど『STILL BY HAND』が海外でセレクトされているような見せ方をしたかったんです。なので、このお店も『STILL BY HAND』のブランディングの一環です。良い空間で良い品揃えの中で『STILL BY HAND』の洋服を見せてあげるということは、全国の取扱店舗にとっても良い結果につながるのでないかと思っています。ショップ名の『style department_』は会社名と同じなのですが、候補は100個ぐらい考えていたんです。先ほどもお話しした『muroffice』の中室さんが、『柳さんの頭の中にある価値観が凝縮された空間ができるのであれば、それはもうstyle department”と一緒じゃない?』と言ってくれて。そこから『style department_』が誕生しました」
確立された世界観で欧米のファッションシーンにおいて存在感を示している『STILL BY HAND』。東京らしさが感じられ、洗練された都市生活の日常着という雰囲気も漂う。今回紹介したアイテムは一部だが、ぜひ深掘りして『STILL BY HAND』の魅力をもっと知ってほしい。
style department_
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▼話を聞いた人
伊藤孝法
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北海道生まれ。中目黒の老舗セレクトショップOUTPUTオーナーで、さまざまなブランドのセールスやPRを手がける。
2014年、WWDファッショニスタ100人がリコメンド!に参加。
テキスタイルデザインや自身のYOUTUBEチャンネル、北海道でFM番組のパーソナリティーも担当している。