東京湾でも、あの超高級魚が釣れる! 年に一度のXデーを求めて【トラフグ編】
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    サラリーマン“アングラー”釣り五郎がゆく! #17
    年に一度のXデーを求めて【トラフグ編】

    2022.07.05

    手軽にできる堤防や砂浜からの釣りも楽しいが、船釣りならでの醍醐味がある。例えば、バラエティーに富んだターゲットだ。季節や海域によって狙える魚が大きく異なり、仕掛けや釣り方も変化する。また、数を追い求める釣りもあれば、大物を狙っていく釣りもあり、楽しみ方も多様なのだ。釣れても釣れなくても、学びがあるといえるだろう。そんな奥の深い“船釣り”の楽しさを伝える連載企画。

    Illustration : MIKI TANAKA
    Text : SHINSUKE UMENAKA(verb)

    登場人物たち

    • 魚釣五郎(30才)

      魚釣五郎(30才)

      うおつり ごろう。あだ名は“釣り五郎”。職場は海川商事。好きな寿司ネタはエンガワ。

    • 鰒田一平(52才)

      鰒田一平(52才)

      ふぐた いっぺい。魚釣五郎の上司。休日は釣り三昧。好きな寿司ネタはヒカリモノ。

    • 舟山杜氏(68才)

      舟山杜氏(68才)

      ふなやま とうじ。五郎が勝手に“師匠”と命名。神出鬼没のアングラー。好きな寿司ネタは赤貝。

    今回のターゲットは【トラフグ】

    トラフグ:北海道から九州まで日本各地に生息する超高級魚。山口県下関が産地として有名だが、潮流の早い湾口などで産卵するため、近年は春先の産卵期になると、東京湾でも釣ることができる。卵巣や肝臓などに猛毒があり、さばく時は必ずふぐ調理師免許を持ったプロに任せること。市場価格は一匹で4,500~10,000円。

    すっかり活気が戻った海川商事のオフィス。マスク着用や黙食、ソーシャルディスタンスなど、以前とは違うルールができたが、先の見えない閉塞感はだいぶ薄れてきた。営業マンの足取りも軽い。課長の説教もマスク越しのせいか迫力がなくなり、穏やかに聞けるようになったのも嬉しい変化だろう。

    今日の課長は珍しくパソコンに向かって黙々と作業をしていた。データ入力は面倒くさいと、すぐに誰かに頼んでいたのに。怪しい……。五郎はピンときた。あの熱心さは仕事ではないはず。いたずら心が芽生えた五郎は、静かに背後から課長に近づいた。画面を覗くと、船宿の釣果を掲載しているページを開いていたのだ。やっぱり、そんなことだろうと思った!

    • 魚釣

      魚釣

      「課長! 仕事しないで何やってるんですか!」

    • 鰒田

      鰒田

      「びっくりさせるなよ、魚釣! なんでもないんだよ、これは。あっちいけよ!!」

    • 魚釣

      魚釣

      「教えてくれたら、邪魔しませんよ。何か釣りに行くんですか? でも、そんなに熱心に釣果を調べているなんて珍しいですね」

    • 鰒田

      鰒田

      「まあな、Xデーがそろそろやって来るかもしれないからな」

    超高級魚のトラフグが
    釣れまくるXデーがある?

    調べていたのは、東京湾のトラフグ船の釣果だった。観念したように、課長が口を開いた。トラフグの産卵期は3〜7月頃だが、例年、東京湾では4~5月頃にかけて湾の入り口に集まってくるという。しかも、入れ食い状態になることが数日あり、釣り人たちはそれを「Xデー」と呼んでいるそうだ。

    それにしてもトラフグが東京湾で釣れるなんて初耳だった。てっきり九州といった西日本でしか釣れないと思い込んでいた。そういえば、ショウサイフグを釣りに行ったときに、トラフグをヒットさせた人に出くわしたことを思い出した。あれは外房だったはず。まさか目の前の海にもトラフグが潜んでいたなんて。五郎は驚きが隠せなかった。しかも、トラフグを狙って出港する専門の釣船が存在するとは……。

    トラフグが“超”がつくほどの高級魚なことくらい、五郎も知っていた。若手サラリーマンに手が出せる食材ではない。それがバカバカ釣れるなんて、夢のような話だ。そんな景気の良い話を耳にしたら、釣りに行かないわけにはいかないだろう。五郎は早速、予約を入れたのだった。週末が待ちきれず有給を取って、平日に行くことにした。

    トラフグは宝くじのようなもの!?
    当たれば大きい魅惑のターゲット

    やって来たのは、神奈川県・金沢八景にある野毛屋釣船店。集合時間の30分前に到着すると、受付にはすでに行列ができていた。これまでの釣りにはなかった熱気を五郎は感じていた。皆、一年でこの時期にしか楽しめないトラフグ釣りを心待ちにしていたのかもしれない。料金を支払い、乗船する船に向かうと、出船予定の3隻すべて満席だった。

    釣り方は以前、五郎も体験したショウサイフグと同じ「カットウ釣り」だ。エサを付けた親針でおびき寄せて、親針の下に付けたカットウ針と呼ばれるイカリのような形状の針で引っかけて釣るのだという。トラフグはショウサイフグよりも大型で歯も鋭いため、ワイヤーで強化した専用の仕掛けが船で販売されていた。

    その仕掛けを糸に結び、準備を整えていると、船長の大きな声が聞こえてきた。出港前に釣り方のレクチャーをするという。これはありがたい。ほかの釣り人たちも、真剣に耳を傾ける。

    「まずポイントに着いたら、指示棚をアナウンスするので、それを守ってください。何度か誘ってアタリがなければ、再度、棚を取り直してください。ショウサイフグほど繊細なアタリではないので、ヒットしたら分かると思います。もし、わからなかったら、ときどきカラ合わせをしてみてください。あと、これだけは絶対に守ってほしいんですけど、釣ったトラフグは素手で触らないこと。必ずタオルやフィッシュグリップを使って針を外してください。空き缶を食いちぎるくらいの力があるから、指を噛まれたら一大事ですよ!」

    ひー、怖い。五郎は震え上がった。説明が終わると、すぐに船は港を離れた。途中、隣のおじさんが五郎に話しかけてきた。

    「今年はもう3回目なんだよ。でも、まだ一匹も釣れてなくてね。トラフグは宝くじに当たるようなもんだよ」

    釣れなくても、何度もチャレンジしたくなる。トラフグはそれほど魅力を感じるターゲットなのかもしれない。

    今日はXデーなのか? それとも……
    緊張感が漂う船上

    八景島を出発した船は東京湾を横断し、千葉方面に向かう。そして途中、館山方面に舵を切り、南を目指した。一時間くらい走っただろうか。ようやく、船のスピードが緩んできた。いよいよ、トラフグ釣りがスタートか? 船上にも緊張感が漂う。しかし、船は細かい場所の移動を繰り返し、なかなか停まらない。船長がレーダーに映る魚影を睨みながら、釣れるポイントを吟味しているようだ。なんとか大物を釣ってほしいという思いが伝わってくる。

    ほどなく、エンジンが止まり、船長が「はじめてください〜」と声を上げた。五郎も顔を上げ、竿を手にした。気づけば、あちこちから釣り船が集まってきており、トラフグ釣りの集団ができていた。俄然、期待が高まる。

    五郎は仕掛けを投入し、海底まで落ちたことを確認すると、船長が指示した棚(深さ)まで糸を巻いた。そして、ゆっくりと誘いを加える。数秒待ち、再び竿を揺らして誘うのだった。それを何度か繰り返し、ときどき餌がなくなっていないか、仕掛けを回収して確認する。自分のやり方が合っているのか、五郎は周囲の釣り人に目を配りながら手元を動かす。しばらくすると、明確なアタリもないまま、船長から仕掛けの回収を指示する声が飛んだ。ポイントの移動だった。

    Xデーだとトラフグが入れ食いになると課長は言っていた。どうやら今日はその日ではないのかもしれない。

    ゆっくりでもいいから、決して巻く手は止めない
    それが引っ掛けて釣る、カットウ釣りの鉄則

    その後も仕掛けを落とし、反応が薄ければ、すぐに移動するという時間帯が続く。時折、船内にトラフグが揚がったと上がったが、五郎の竿にはまだアタリがなかった。ただ、トラフグが釣れている事実は心強かった。粘れば、自分にもチャンスがあるかもしれない。そう思えるからだ。

    一向にアタリを感じられない五郎は、カラ合わせを試してみることにした。仕掛けを指示棚に落とし、ときどき大きく竿を持ち上げてみる。海中で大きなトラフグが近寄ってきた様子を想像しながら、愚直に続けた。すると、グンと強い引きを感じ、あわてて、五郎は巻いた。

    「やった! 宝くじ!」

    思わず、そう口にしていた。しかし、すぐに手応えがなくなり、バレてしまったのだ。

    「そんなに慌てて、巻かないでも大丈夫だよ。ゆっくりでもいいから、手は止めないこと。糸が緩まなかったら、針は外れないから。あと、一度バレてしまっても、少しその場で待っていると、またトラフグが餌に食いつくことも多いから、諦めないのが大事だよ」

    振り返ると、船長がアドバイスをくれていた。よし、もう一度。五郎は新しい餌に取り替えて、再び仕掛けを投入した。その瞬間、隣のおじさんにアタリが。

    「きた!」

    竿が大きくしなり、リールを巻く手も重そうだ。トラフグに違いない。五郎も固唾を飲んで、その様子を見守る。頑張れと、心の中で声援を送った。しかし、急に手応えがなくなり、バレてしまったようだ。残念そうな横顔が忘れられない。

    結局その後、五郎にも、そしておじさんにも、トラフグがかかることはなかった。魚がかかったとしても、船に揚げるまでは、絶対に気を抜いてはいけない。慌てず、常に慎重に。超高級魚を釣りことはできず、また、Xデーでもなかったが、充実した釣行にそんなことを学んだ五郎であった。

    (今日の格言)
    「船に揚がらなければ、釣れなかったと同じ。どんなときも慌てるべからず」

    ~釣ったら食べよう! レシピ紹介【トラフグのお刺身】~

    材料/トラフグ、小ネギ、ポン酢、もみじおろし

    ①船宿で処理してもらったトラフグを薄造りに
    ②小ネギ、もみじおろしなど薬味を添える
    ③ポン酢をつけていただく

    (インフォメーション)
    野毛屋釣船店
    神奈川県横浜市金沢区柳町7-5
    TEL:045-781-5964

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