本誌への登場は3年ぶり、3度目となる井浦新さん。俳優業の傍ら、ディレクターを務めるアパレルブランド「ELNEST CREATIVE ACTIVITY」では、“旅”を重要なキーワードにしていると以前のインタビューで語っていた。そんな“旅”を絶たれてしまった期間、どう過ごしていたのだろう?
「船や飛行機、電車などを使って、大きく移動することだけが旅じゃない。カメラを持って、いつもは通らない近所の道を歩いたり、急いでいる時には入らない路地を抜けたり、そうやって身近にあるものを目にすることは僕にとって足元を見つめる良い時間でした。人に迷惑をかけない範疇で小さな小さな旅をたくさんしていました。だから、これまでのような旅に行けなくても、ストレスは溜まらなかったです」
こうした小さな小さな旅も洋服づくりにフィードバックされるのだという。
「目の前にある風景を見ても、そこにはさまざまな色彩があり、刺激を受けます。足元に咲いている名もなき花でも、雑草の色でも、十分に僕の心を潤してくれます。その経験を自分のフィルターを通して、クリエーションに変換させていたと思います」
日常が戻りつつある中、今後、行きたい旅先を尋ねると、熟考したあとに屋久島を挙げてくれた。
「旅の思い出だらけなので、選ぶのは難しいのですが、行き足りていないと思うのが、屋久島です。屋久島と聞くと、森や縄文杉の巨木を思い浮かべる人が多いと思います。でも、実際に島に足を踏み入れて感じるのは宇宙なんです。杉苔をひとつとってもふかふかとした生命力があり、倒れた木さえも命に満ちています。『倒木更新』というんですけど、倒れている木も死んでおらず、そこから新しい芽が出てきます。目にしている景色の中すべてに命があり、それがずっと連なっている。だから屋久島では山に入ったのに、宇宙を感じるんです。言葉にすると、スピリチュアルな話をしているみたいで、伝わらないのですが、一度、足を運んでもらえると理解してもらえるはずです」
そう言って、表情を崩した井浦さん。
ファッションモデルとしてキャリアをスタートさせ、俳優の道へ。そしてブランドのディレクターも務める井浦さんに都会的なイメージを抱く人もいる。しかし、その素顔はフットワークが軽く、旅や登山に出かけるアウトドア派なのだ。海釣りもよく楽しむという。
「釣りは、自然を遊ぶための手段。堤防、磯、船釣りなど、海で釣ることが多いです。でも今後、挑戦してみたいのは、渓流でのフライフィッシング。山にはよく行くのですが、登山に夢中で、釣りをするために、川に立ち寄る余裕がありません。縦走をして泊まりがけで登山したり、テント泊なんかをすれば、釣りと両立できるかもしれないのですが、今は登って下りるだけで1日が終わってしまいます」
こうした趣味の時間に加え、近年は環境に配慮したヘアケア製品の開発や文化財修復保護のサポートなども行っている。充実した毎日を送る秘訣は、今興味があることを丁寧に楽しむことだという。
「俳優業とのバランスを意識的に取っているわけではありません。旅がしたいときは旅をします。そのなかで出会いがあったり、感動があったり、日常のなかで、好きなことができる時間があるなら、する。もちろん、仕事もある。だから、あまり計画を立てず、その瞬間、瞬間を生きています。その連続ですね」
気になることがあれば日本全国、どこへでも出向き、身を投じる。そこでの経験や出会いが、創作や人生の糧になる。移動の多い井浦さんが旅に欠かせないものと語るのが、ベストだ。
「カメラを片手に歩くので、余計なものを持ちたくないんです。でも、細々とした道具も携帯したいので、ポケットがたくさんついたユーティリティなベストを着るのが実用的です。バッグのなかに忍ばせるという手もあるのですが、使いたい時に、いちいち取り出すのは不便。ベストならすぐに取り出して、用が終われば仕舞えます。だからベストは僕にとって旅の定番ウェアです」
カメラのレンズカバーや、替えのSDカード、予備のバッテリー。それにスマホなど、ちょっとした物を一時的に仕舞うのに、ベストは最適解だ。その思いを込め、今回のファッショングラビアでは、すべての衣装にベストをコーディネートしている。
そんな井浦さんが、「自分の限界を突破する」現場になったと断言するWOWOW『連続ドラマW 両刃の斧』が、現在、絶賛放送・配信中だ。柴田恭兵さんとのW主演となる本作では、情に厚く、不器用な刑事役を熱演している。誰もが憧れる先輩俳優との共演、しかも刑事ドラマのオファー。考える余地もなく快諾したものの、脚本を読んで自分に演じ切れるのかと、難易度の高い役柄にたじろいだという。
「柴田さんと、この内容でがっちりと芝居をさせてもらえるなんて、ありがたい。でも、その幸福、喜びを手に入れるために、登るべき山は果てしなく高いと感じました。まったく頂上が見えない山で、どのようにアプローチしていけばいいのか、道さえも見えない。そんな役柄でした。魂を削りながら、一歩一歩、登るような日々で、“自分の限界を突破する”と、現場でことあるごとに自分に言い聞かせていました。ただ、これまでにない表現にチャレンジできる作品でもあります。とにかく自分の今、この瞬間のマックスを常に超えていきたい、そんな撮影になりました」
井浦さんが演じる川澄は、柴田さんが演じる先輩刑事・柴崎を人生の師と慕い、家族ぐるみの付き合いをしていたが、ひとつの事件をきっかけにそれが変容していく。怒りや憤り、哀しみ、そして疑念など、複雑な感情が入り乱れながら、二人の関係は怒涛のクライマックスへと突き進む。
「ハイライトのシーンは、本当に大変な二日間で、あまり記憶がないほど壮絶な撮影でした。倒れてもいいやと思いながら演じていましたが、共演者の方々からは勇気をもらいました。とくに目の前にいた柴田恭兵さんは一番がむしゃらで、夢中にやってらっしゃる姿が刺激的でした。その姿勢に励まされ、へばっていられないぞという気持ちになったのを、よく覚えています」
緊張感に満ちた二人の魂の共演は見どころ十分だ。
「見どころはたくさんありますが、見たことがないような柴田さんのお芝居が各話、続いていきます。心を揺さぶられるような本当に素晴らしいシーンばかりです。恭兵さんのお芝居というか、壮絶な生き様にきっと心をわしづかみにされると思います。ほかの俳優さんもすばらしい方が集まっているので、一人ひとりの芝居を見るだけでも見応えがあります。それをぜひ楽しんでもらいたいですね」
柴田さんはもちろん、井浦さんの新たな代表作になるといっても過言ではないだろう。