暮らし・住まい
サラリーマン“アングラー”釣り五郎がゆく! #20
奥が深い駆け引きを楽しむ【カワハギ編】
2023.04.12
リールやロッド、そして仕掛けが狙うターゲットによって変化する釣りは、奥が深い趣味だと言えるだろう。しかも、天候や潮によっても、条件が変化し、どんなに腕が立つ人でも、必ず釣れるわけではない。そんな知恵と運が試される釣りに魅了されるビジネスマンも多い。魚との駆け引きはもちろん、釣ったあとの楽しみも伝える連載企画。
Illustration : MIKI TANAKA
Text : SHINSUKE UMENAKA(verb)
登場人物たち
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魚釣五郎(30才)
うおつり ごろう。あだ名は“釣り五郎”。職場は海川商事。好きな寿司ネタはエンガワ。
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鰒田一平(52才)
ふぐた いっぺい。魚釣五郎の上司。休日は釣り三昧。好きな寿司ネタはヒカリモノ。
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舟山杜氏(68才)
ふなやま とうじ。五郎が勝手に“師匠”と命名。神出鬼没のアングラー。好きな寿司ネタは赤貝。
今回のターゲットは【カワハギ】
カワハギ:皮を手で剥いで調理できることから、カワハギと呼ばれる。本州から九州の浅い砂地に生息していて、旬は夏。ただし秋から冬にかけては肝が大きくなり、釣り人に人気のターゲットになる。近年は漁獲量が減っているため、価格が高騰しており、高級魚として扱われる。市場価格は天然物で1kg約2,000円(2022年12月平均)。
急いでも、待ちすぎても釣れない
奥が深い駆け引きがクセになる
前回の真鯛釣り以降、五郎は釣りに行っていない。正確には行くことができなかった。仕事が急に忙しくなり、週末は出かける気力が湧かなかったからだ。サイズこそ小さかったが、6匹まで数を伸ばすことができた真鯛釣り。そこで得た学びをおさらいしたかったのだが、どうにも体がいうことをきかなかった。コツをつかみかけていただけに、五郎は忸怩たる思いであった。時間とともに手応えが消えていくようで、もどかしい。たまったストレスを発散するようにドカ食いをする日々。腹回りにぜい肉がつき、体重はみるみる増加していた。
そんなある日のこと。会社で書類を整理していると、ぬっと黒い影が近づいてくるのを感じた。そして、次の瞬間、熊のような手で両肩をつかまれた。びっくりして振り返る五郎。鰒田課長だった。
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鰒田
「(魚釣の肩をもみながら)おいおい大丈夫か? 最近、魚釣も脂が乗ってきたんじゃないのか?」
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魚釣
「体重が増えたのやっぱり分かります?」
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鰒田
「まあな。顔にも疲れが出てるぞ。たまには休みを取って、釣りに行ってきたらどうだ。カワハギちゃんの季節だからな」
エサ取り名人の
カワハギ釣りに再挑戦
課長が「休みを取れ!」だなんて、どんな心境の変化なのだろう。五郎は驚きを隠せなかった。自分はすぐにサボって釣りに行こうとするクセに、他人には厳しいのが課長だと思っていた。ひょっとしたら週末の釣りの釣果がすこぶる良かったのかもしれない。それで機嫌が良い。たぶんそんなところだろう。とはいえ、五郎に断る理由はない。これでやっと釣りに行ける。久しぶりの釣りのターゲットは、どの魚にしよう。またしばらく行けない可能性もあるし、もしも、ボウズだったら、目も当てられないだろう。魚も船宿も最近の釣果や天候を調べながら、いつも以上に慎重に選ぶことにした。
悩んだ五郎だったが、ふと、課長の言葉が頭をよぎった。カワハギにリベンジするのも悪くない。挑戦したのは、およそ2年前のことだ。当たりが小さく、気づくとエサだけ取られてしまう繊細な釣りで、カワハギは釣り人から“エサ取り名人”と呼ばれる。苦戦した五郎の釣果は散々だったが、鈍った腕を呼び覚ますには、ふさわしいターゲットかもしれない。
神奈川県久比里港にある、みのすけ丸に予約を入れた。久しぶりの釣りで五郎は興奮していた。釣りの数日前から、何度も釣具屋に立ち寄り、オモリや仕掛けを吟味し、補充した。船酔いに備え、前日は夜9時には床に就いた。
丁寧なエサ付けが釣果を左右する
出港の1時間も前に船宿に着いてしまった五郎だったが、船長の合図ですぐに釣りがはじめられるよう、受付を済ませると、さっそく船に乗り込んだ。20号、25号、30号と重さの異なるオモリを釣座に並べる。潮の速さを見ながら、すぐに交換できるようにしておくのだ。また、カワハギの歯は思いのほか鋭い。針が伸びたり、返しが欠けてしまうこともある。そのまま使用すると、バラすリスクが高まるため、交換用の針も用意しておいた。サッと取り外しができる専用の交換針で、これがあれば手返し良く、釣りができる。気がつくと、続々と釣り人が集まっていた。船長がやってきて、アサリの剥き身を配ってくれる。そして、五郎は事前に買っていたアサリの身を締める調整剤を振りかけた。これで準備は完了だ。ほどなく、船が港をゆっくりと離れた。
最初のポイントは港から近かった。20分も走ると、船長が船のスピードを緩めた。五郎は慌てて、エサの準備に取りかかった。カワハギ釣りはエサ付けが非常に大事である。剥き身は小さく、針をかける位置が悪いと解けて、カワハギに突かれると、すぐにエサだけ取られてしまう。まず水管から針を通し、続いて少し固いベロと呼ばれる黄色い部位に刺す。そのまま身をコンパクトにまとめつつ、ハリ先をカワハギが好んで食べるという、黒いワタの部分にくるようにするのだ。これを丁寧にやることで、エサだけ取られてしまう状態を防ぐことができる。寒さで手がかじかんだり、自分だけ釣れていないと焦って雑になりがちだ。
どんなスピードで仕掛けを動かすのか、
リズムや間を変え、その日の正解を探す
船長の合図で一斉に仕掛けを落とす、釣り人たち。カワハギ釣りの基本は前回、学んでいる。仕掛けを底まで落としたら、糸フケを取る。その後、さまざまな誘い方で、海底近くにいるカワハギを主に狙うのだ。例えば、竿を上下に小刻みに揺らすことで、カワハギの関心を誘ってみたり、あるいは、竿を下げて糸をたるませることで、エサを浮遊させて、食いつきやすいようにしてみたり。どれくらいのスピードで竿を揺らすのか、正解があるわけではない。その日のカワハギの活性、釣る海域、潮の速さなど、さまざまな要因で反応が異なる。食いつきやすいパターンを自分で探っていくのが、実に難しいのだ。
また、糸をたるませる場合も、糸の張りが緩む分、当たりを感じにくくなってしまう。タイミングや間の取り方によっては、ただただエサを取られることにもなりかねない。カワハギ釣りは奥が深いと言われるゆえんでもある。とはいえ、やみくもに竿を動かしていても、釣れるわけがない。基本の釣り方を知った上で、状況に応じたベストな方法を選択することが肝心だ。
五郎は海底に潜むカワハギを想像しながら、手を動かしていた。そして、同時に最近の仕事の忙しさを思い返していた。営業でも同じことが言えるだろう。必ず成功する営業の仕方があるわけではない。先輩や上司のまねだけをしていても、成長には限界がある。取引先と、どう関係を結んでいくのか。担当者によって性格も違えば、プレゼンに対する反応も異なる。引くべきか、それとも押してみるべきか、ただ押し売りをするのではなく、自分なりの営業手法を考えていく必要がある。やっぱり釣りと仕事は共通点も多いな。そんなことを考えていた。
仕掛けを動かし、誘ったら
しばしエサを食わせる間をもつ
その時、竿先が少し動いたのを五郎は見逃さなかった。「きた!」と大きく合わせながら、リールを巻く。しかし、釣れたという手応えはない。首を傾げながら、仕掛けを回収する五郎。エサはまだ付いていた。確かにアタリはあったはず。今日の誘い方の正解に一歩近づいたかもしれない。カワハギを釣り上げることはできなかったが、五郎にとってはポジティブな出来事だった。同じ誘い方を試すため、五郎は急いでエサを付け直した。
新しいエサでもう一度、誘ってみる。すると、やはり竿先に反応があるのだ。今度こそ!と、合わせようとするが、またしてもリールを巻く手が軽い。そのまま仕掛けを回収したが、カワハギの姿は見えない。釣れそうで釣れない。もどかしい時間がただ過ぎていく。そのうち、船長の合図でポイントを移動することになった。次のポイントでは先ほどの誘い方をしても、まったく反応がない。これだから、釣りは難しい……。また1からやり直しだ。上下させる竿の速さやリズムを変え、挑戦は続く。
気づくと、すっかり陽が高くなり、帰港時間が迫ってきていた。まだ釣れていない。焦る一方で、眠気との戦いでもあった。久しぶりの釣りに興奮したせいで、あまり眠れなかったツケだ。五郎は竿を握りながら、そのままウトウトしてしまった。すると、ほどなく手に微かな振動を感じた。一瞬、何が起こったか分からず、ボーッとそのまま竿先を眺めていた。数秒後に我に返った五郎はようやく仕掛けを回収する。すると、リールを巻く手が重い。カワハギだ! すぐに魚影が見えてきた。
「仕掛けを動かしたあと、待つことが大事だったのか⁉」
カワハギを手にすると、船長の号令が聞こえてきた。タイムアップだ。最後の最後で釣り上げることができた五郎。またしても手応えをつかんだところで終了とは……。悔しい気持ちでいっぱいだったが、それ以上に久しぶりの釣りに満足した五郎であった。
【今日の格言】
「焦れば焦るほど、正解が遠のいていく」
~釣ったら食べよう! レシピ紹介【カワハギの煮付け】
材料/カワハギ、水200ml、調味料【A】(料理酒大さじ2、みりん大さじ2、しょうゆ大さじ2、砂糖大さじ1)
①カワハギの内臓を取り、皮を剥ぐ。肝は捨てず取っておく
②身の厚い部分に包丁で切り込みを入れる
③フライパンに調味料【A】を入れて、中火にかける
④ひと煮立ちしたら、水とカワハギを入れる。肝も一緒に煮込む
⑤落とし蓋をし、身に火が通るまで中火で10分ほど煮る
⑥お皿に盛り付けて、完成
(インフォメーション)
みのすけ丸
神奈川県横須賀市久比里1-1-4
TEL:046-841-1089
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