稀代の表現者、唯一無二の存在、ジャンルレス、ボーダーレス……。森山さんを称する言葉は枚挙にいとまがない。いかなる言葉も総称もあてはまらない、圧倒的な表現力で見る者を魅了している証だろう。では、森山さんはどんな10年を歩んできたのか。
「今が更新されていくことをつねに感じているので、過去を振り返ることはあまりしないです。けれど、過去の自分より今の自分がダメだったということはないです。ただ、この10年というと……、10年前は今回の映画と同じジャンルである恋愛映画に主演してましたね(笑)。ちょうどそのタイミングでコンテンポラリーダンスに出会ったので、自分なりにパフォーマンス、身体表現というものに対して、どう向き合うべきか、模索してきた10年であったと思います」
森山さんは幼い頃よりジャズダンス、タップダンス、クラシカルバレエ、ストリートダンスを学び、1999年の舞台デビュー以降、ダンサーとしての活動にも力点を置いてきたが、出演するドラマや映画が次々ヒット。俳優としての人気、地位を不動のものにしたが、2013年、活動を休止する。
「文化庁の文化交流使として、イスラエルのインバル・ピント&アヴシャロム・ポラック ダンスカンパニーに参加しました。1年間しっかり腰を据えて学び、生活することで得たものは大きかったですね。現地では、日本のようには生きられない。まったく違う価値観を感じながら生きていくために工夫し、変化もしました。一方で、日本というものが客観的に見えてきて、そこでどう立ち回ればおもしろいのだろうと考えた時間も今につながっています」
イスラエルからの帰国後は、ジャンルにも世間のイメージや評価にもとらわれることなく活動を行う。記憶に新しいところでは東京五輪開会式での圧巻のパフォーマンスだろう。世界中の目を釘づけにし、俳優として認知している人びとを驚愕させた。そんな森山さんが主演した「ボクたちはみんな大人になれなかった」は、原作者・燃え殻氏がテレビ美術制作会社に勤務するかたわら、SNSで連載した自伝的小説で、2017年に書籍化されベストセラーに。今回、待望の映像化が実現した。
「原作を読むと、僕がファンであるミュージシャン『KIRINJI』の元メンバー・堀込泰行さんが馬の骨名義で発表した楽曲『燃え殻』の世界観とあまりにもリンクしていたんです。燃え殻という作家名はこの楽曲に由来していると想像したところ、その通りで。それで『燃え殻』をエンドロールに流してもらうことを条件に出演を承諾しました(笑)」
作品では、バブル崩壊後の1995年からコロナ禍の2020年まで、自分より大切な存在であったかつての彼女との過去の記憶へと、現在から過去へ逆再生する流れで描かれていく。森山さんは主人公・佐藤の21歳から46歳までを繊細かつリアルに表現。彼女だけでなく、佐藤と関わった人びとの出会いとせつない別れ、当時の時代背景やカルチャーも物語を彩っていくことから、SNSでの小説連載中から「エモい」と支持されたのだが……。
「エモいって言葉、嫌いです(笑)。エモーショナルなことを実感できない現実、現状があるから、そういう言葉が生まれてしまうのでしょうね。しかし、本が登場した時代に評価を受けて、時代の言葉をあてがわれることには意味があり、その作品に自分が関わるにも意味があると思います。21歳から46歳まで表現するにあたっては、外見は髪型やファッションなど技術的なことに任せ、25年という歳月で佐藤の内面はどう変化したのか、それをどう見せられるかを考えました。
若かりし頃は、経験の未熟さ、限定された環境もあって自分の価値観が狭い。しかし、環境の変化、人との出会い方、関わり方が複雑化してくると、そのままの意識や視野では生きていくことはできないので、変化していくのは必然なわけです。だから、佐藤の25年間においても、目の配り方とか、言葉の発し方とか、時代ごとに変化する対応や立ち居振る舞いなどを意識しましたね」
時間と年齢の積み重ねにともなう変化。世間ではそれが大人になることともいわれるが、森山さん自身は大人になったと感じるのはどんな時なのだろう。
「大人というものをどう捉えるかは、人によって違うし、大人になることを否定するきらいすらありますが、僕は大人になることをネガティブに捉えたくない。例えば、作品づくりでは、人と対面し、お互いの言葉、思いを受け入れ、返していくやりとりが絶対に必要です。その結果、自分の思いとは異なるものになるなど、いわゆる妥協もあるのですが、妥協って、何かを諦めるとか、仕方なく信念を曲げるとか、そういうネガティブなことではなく、お互いがベストでいるバランスを考えるポジティブなことだと思うんです。
この思いがあるからか、以前に比べると第一印象で人を判断することがなくなりました。その人との出会い方、その人の集団での在り方によって見え方は変わるし、その人なりの意図があるから、この振る舞いなんだろうと。そうやって相手を受け入れるという点で、待てるようになったのも大人になったといえるのかもしれません。ホントはめっちゃ“いらち”(関西弁でせっかちの意味)なので(笑)」
森山さんは新たな活動として、2020年12月より「MEET YOUR ART」というYouTube番組のMCを担当している。現代アートの紹介や気鋭のアーティストの対談が番組の見所で、森山さんの作品、作家への解釈の鋭さ、視聴者へのわかりやすい伝え方も好評だ。
「日本は自分の作品を言語化する風習がなかなかない、むしろ説明の必要はないという考えすらあると感じるのですが、西洋では作品の意味や自分の意図をロジカルにプロモーションすることが求められます。でもね、ロジックだけで完成した作品って、あまりおもしろくないんですよ(笑)。なので、番組のMCでも、自らの作品、表現においても、直感力や美意識を重視し、それらをいかにロジカルにすくい上げるか、双方のバランスを大事にしています」
「大人の好きなモノ語り」というこの連載に際して、森山さんはモノにまつわるエピソードも披露してくれた。
「数年前、オランダ・アムステルダムで知り合った画家の作品を購入しました。僕自身は家に絵を飾る欲求はないのですが、絵を飾る感覚を大事にしているのは素敵だと思います。絵画に限らず、アート作品をもつということは、その作家の思考や姿勢、世界観を一緒に引き受けて掲げることであり、自らの指針にもなりますから。最近購入したモノとしては、番組で取材させていただいた陶芸家の方の工房で器を買いました」
最後に「森山未來のこれからの10年」について聞いた。
「今も、これからも、自分と世界との関わりを自らで認識し、どういうふうに生きていきたいかを自らに問い、向き合っていくと思います。自分の思考や向かう方向の延長上に映画があったり、舞台があったりするので。作品づくりでは、今というものにどうコミットしていくかも大切にしていきたいです。
そのなかで、見る人たちの生きてきた概念、今の時代や世界の見方が変わるような新しい価値観を作品、表現を通じて提案できるのが演劇やダンス、パフォーマンスなどアートの可能性であり、10年とはいわず、それをずっと模索し続けていくでしょう。10年後は47歳……。言葉や文字で表すと伝わりにくいのですが、つねにいつ最期を迎えてもいい状態でいたいですね」