松山ケンイチ

自然体で演じたい。だから“楽に生きる”松山ケンイチが見据える境地とは?

Special Interview 松山ケンイチ
Photos : TATSUYA YAMANAKA(stanford)
Styling : TAKAHISA IGARASHI
Hair&Make : TADASHI KIKUCHI(LUCK HAIR)
Text : SHINSUKE UMENAKA(verb)      2021.3.15

演じるのではなく、画面のなかの人物として生きる。
言葉にするのは簡単だが、禅問答のようで、
ひと筋縄ではいかない役者の境地だろう。

そんな頂きを目指して
俳優・松山ケンイチは今日も生きる。

自然体で演じるため日々を楽に生きる

台本に書かれたセリフを吐き、カメラの前で他人の人生を演じる。映画やドラマを見る我々も、目の前の光景がつくり物だとわかっている。それなのに演技や美術にアラを感じると興醒めしてしまう。では、いったいどうすれば生きた人物として画面に映るのだろうか? ある意味で役者とはそんな“違和感”との戦いだ。

松山ケンイチさんは“自然体で演じたい”と日頃から「楽に生きること」をテーマにしていると語る。

「自然体で演じるためにどうすればいいのか? それが僕のいまのテーマで日々を『楽に生きる』ことを意識しています。演技では何かを足すというより、引いていく作業を心がけているといえば伝わるでしょうか?」

また「できるだけ好きな監督をつくらないようにしている」という興味深い言葉も聞かせてくれた。

松山ケンイチ

好きという感情が客観性を奪い力みを生む原因になる

「この監督が好きだという感情ひとつを取っても、演じる上で、力みにつながると思っています。熱量をもって取り組むということは、同時に力む可能性をはらんでいます。自然体から遠ざかることになるし、客観性を失う原因にもなります。

もちろん仕事ではベストを尽くすのですが、その中には客観的に見るということも含まれていると思うんです。主観だけで動いても、誰もついてきてくれませんから」

たしかに、どんなことでも熱を帯びれば帯びるほど、周りが見えなくなっていく。それを情熱といえば聞こえもいいが、客観的なデータや検証のほうが人を動かすことも多い。僕らもビジネスの現場で日々、痛感していることだ。佇まいがそのままスクリーンに映し出されてしまう俳優は、なおさら力みに敏感なのだろう。

松山さんは数年前から家族との時間を優先して田舎暮らしをはじめているという。それも合点がいく話だ。さまざまな雑音から距離を置き、日常からできるだけフラットな精神状態を心がけたい。それゆえの決断だったと想像できる。

「年度が変わる3月や4月には、子どもたちの学年も上がるし、僕も新しいことにチャレンジしたくなります。日記をつけはじめるのも、だいたいこの時期。毎年、6月くらいまでは日記をつけられるのですが、だんだん日付が飛び飛びになっていきます。

たまに思い出したように書いても、やらなきゃいけないと思うようになると、もうダメですね。好きでやっているうちしか続かないんですよ。自分がそういうタイプの人間だとわかっているし、無理には続けません。自分には向かない作業だった、縁がなかったことなんだ、と思うようにしています」

松山ケンイチ

プロボクサーに見えるように。役づくりに2年間かかった

そんな松山さんがこの2年間、人知れず、続けていたことがある。それはボクシング。4月9日から公開される主演映画「BLUE/ブルー」で、瓜田というプロボクサーを演じている。

「事前に台本を読ませてもらったとき、完成度が高くて感動しました。だからこそ、俳優の下手くそなボクシングでそれを汚したくなかったんです。ボクシングの経験はなかったし、プロボクサーという役柄のレベルになるまでには、相当な時間が必要だろうと、引き受けるのか悩みました」

とくに吉田恵輔監督は中学生の頃から30年以上もボクシングを続けており、趣味や特技という域を超えている。プロボクサーらしい所作にも、とりわけ敏感だ。

「監督と相談して、結果的に2年間、撮影まで時間をいただけることになりました。そんな長期間、役づくりに時間をいただけることは、通常ではあり得ません。だから、期待に応えようと、ジムにいることが自然になるくらいボクシングに打ち込みました」

本作では殺陣の指導も監督自らが行なっている。そのため、クランクイン前にシャドーボクシングをする映像を送り、監督にチェックしてもらうこともしばしばあったという。そのたびに、パンチの角度やガードの高さ、ステップワークなど、細かい指導が入ったと語る。

「きちんとプロボクサーに見えるようになってからが、この作品のスタートラインでしたが、本当にボクシングばかりやっていたので、台本を読むのを忘れていたくらいです。

毎日、部活にでも行くような感覚で撮影に向かっていたので、その空気感やキャストの人間関係が作品に出ていると思います」

必ず負けは来る、それをどう捉えるか

また本作ではボクシングを通じて各自の人生が丁寧に描かれる。そこに誇張もなければ、必要以上に美化されることもない。

「試合に負けたからといって不幸になるわけじゃない。また勝ったからといって、幸せになれる保証もない。それが人生の最重要項目じゃないし、失敗は自分を新しくつくり替えるきっかけにもなります。

僕の人生も勝ち負けで考えれば、圧倒的に負けの方が多いと思っています。負けという結果に対して、どういう受け止め方をするのか、あるいは受け流すのか? それで今後の生き方が変わっていきます。失敗すること、それ自体を楽しめる人間になりたいですよね」

本当の強さとは何なのか? ゴングが鳴り、挑戦者の証であるブルーのコーナーから戦いに挑んでいく男たちの姿に心が震えるに違いない。

Information
強さとは? 勝ち負けとは?
ボクシングに打ち込む若者たちの
生き様を描く青春群像劇

「BLUE/ブルー」

「BLUE/ブルー」

プロボクサーの瓜田(松山ケンイチ)は誰よりも努力し、試合に挑むが、負けが続いていた。一方で後輩の小川(東出昌大)は将来を嘱望されるボクサー。圧倒的な才能とセンスをもち、日本チャンピオンへの挑戦を控える。また小川は瓜田の幼馴染である千佳(木村文乃)との結婚も秒読みだった。千佳は瓜田にとって、初恋の相手であり、ボクシングの世界に導いてくれた人でもある。瓜田が欲しい物は全部、小川が手に入れているのだ。それでもボクシングを愛し、ひたむきに努力する瓜田。しかし、ある日、瓜田は抱え続けてきた思いを二人の前で吐き出すのだった。それ以来、彼らの関係に変化が……。

監督・脚本・殺陣指導:吉田恵輔 出演:松山ケンイチ、木村文乃、柄本時生、東出昌大、守谷周徒、吉永アユリ、長瀬絹也、松浦慎一郎、松木大輔、竹原ピストル、よこやまよしひろほか 公開:2021年4月9日(金)から全国公開

松山ケンイチ
プロフィール
松山 ケンイチ(まつやま けんいち)
1985年3月5日生まれ。青森県出身。2002年にテレビドラマ「ごくせん」でデビュー。2007年には第30回日本アカデミー賞で、新人俳優賞と優秀助演男優賞をダブル受賞し注目を集める。その後、映画「デトロイト・メタル・シティ」「カムイ外伝」「ノルウェイの森」「怒り」「聖の青春」などに出演。3月12日から出演作「ブレイブ 群青戦記」も公開中。