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魚釣五郎(30才)うおつり ごろう。あだ名は“釣り五郎”。職場は海川商事。好きな寿司ネタはエンガワ
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鰒田一平(52才)ふぐた いっぺい。魚釣五郎の上司。休日は釣り三昧。好きな寿司ネタはヒカリモノ
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舟山杜氏(68才)ふなやま とうじ。五郎が勝手に“師匠”と命名。神出鬼没のアングラー。好きな寿司ネタは赤貝
関東では冬の寒イサキにはじまり、秋まで釣れる。最盛期は梅雨のころ。イサキは群れで移動するため、日によっては入れ食いになることも。小ぶりなサイズでもおいしいが、1kg以上の個体は味わいが別格だ。ただ市場でも数が少なく、価格も高騰する。市場価格は500g前後の個体で約1,500円。1kg以上の個体で約9,000円
五郎が勤務する海川商事も、めっきりリモートでの業務が増えた。社内のミーティングも、課長への業務連絡もすべてWeb会議ツールに切り替わった。当初は戸惑うことも多かったが、最近は慣れたものだ。ミュートのまましゃべり続けて、つっこまれる人もいない。デジタル化に反対していた課長も、いまではリモートでの勤務を推奨している。
「会社で事務作業をする暇があったら、取引先に顔を売ってこい!」と、足で稼ぐ営業をモットーにしていた課長だけに、どういう風の吹き回し? と思ったのだが……。本来は素直に会社の決定に従うタイプではない。心変わりの裏には何かあると、五郎は睨んでいた。
課長は趣味である釣りに行きやすいという理由で、数年前に海沿いの町に家を購入していた。通勤にはかなり不便なエリアだったが、その分、思い立ったら、釣りに行けると、本人はご満悦である。リモートワークがはじまり、飛び込み営業もしづらくなり、課長の苦手なパソコンでの業務が中心に。そのため、散々愚痴を言っていたが、ふと平日も釣りに行けるのでは? と思ってからは、むしろリモートのありがたみを感じているという。
とある船宿のイサキ船は、午前4時半集合。5時過ぎに出港し、11時には港に戻ってくる。本人曰く、11時半には家に戻れるので、昼から午後8時まで勤務すれば問題ないとか。完全フレックス制を採用しているうちの会社的にはありといえばありだが、半休も取らずに、会社に黙って朝から釣りとは。サラリーマンとして完全にアウトだと思うのだが……。営業成績も突出しているし、周りは黙認しているのだろう。五郎が会社に告げ口することも可能だったが、大きなイサキのほうに心を奪われていた。
イサキは、関東では冬の寒イサキにはじまり、秋ごろまで釣れるという。最盛期は梅雨あたりで、日によっては入れ食いになることもあるそうだ。まだ、少し時期が早いが、大漁を経験したことのない五郎にとっては、魅力的なターゲットである。一度くらい“釣れすぎて捌くのが大変!”なんてボヤいてみたいものだ。そこで、五郎はイサキを目指して、伊豆の伊東港にやってきた。停泊する村正丸に乗り込むと、すぐに船が動き出した。
今回はいわゆるコマセ釣りというオーソドックスな方法でイサキを釣る。重りを兼ねたカゴ(※ビシという)にオキアミを詰め、それを少しずつ海に撒くことで魚を誘うのだ。集まった魚たちは漂うエサを捕食するが、そこに針に付けた本命のオキアミに食いつかせることによって、釣りあげる。群れで泳ぐイサキを狙うには最適な方法で、運が良ければ、一度に2匹、3匹と針にかけることもできるという。
ポイントは港に近かった。すぐに船長がスピードを緩め、エンジンを切った。ただ、仕掛け投入のGoサインがなかなか出ない。実は釣りの開始は5時半からと決まっているらしい。いつでも仕掛けを投入できる態勢を整えたまま、船長の号令を待つ。
「はい、はじめてください。30メートルね」
その言葉に、釣り人たちが一斉に動き出す。五郎も仕掛けを海に投入した。
村正丸では伊豆の早い潮の流れに負けないよう、少し大きくて重い80号のビシを推奨している。また、6メートルという長めのハリス(※リールに巻くのが道糸。ハリスは、その先に結ぶ仕掛け糸のこと)を使うのが特徴だ。しかし、慣れないこの仕掛けに五郎は悪戦苦闘することになるのだった……。
ハリスが長ければ、それだけビシから針までの距離が遠くなり、魚に警戒されにくくなる。また、針先のオキアミが、自然な動きで海中を漂うため、本物のエサだと勘違いしてくれるというメリットもある。
その反面、海に投入する際や、針を付け替えるために回収するとき、丁寧に手繰り寄せなければ、ハリスが長い分だけ、絡まってしまうリスクも高まるのだ。しかも、コマセ釣りではビシに詰めた撒き餌がなくなるたびに、仕掛けを回収して、詰め直す必要がある。したがって、ほかの釣りより仕掛けを回収する頻度が多く、絡まりやすいのだ。
幸先よく、小さなイサキを一匹だけ釣り上げたものの、その後はすぐに仕掛けが絡まってしまった。細いハリスには針も付いているため、解くには時間がかかる。また揺れる船の上で、手元を凝視していると、船酔いにもなりやすい。もたもたする五郎を尻目に、船上にはどんどんイサキがあがってくる。イサキの群れがやってきたのかもしれない。仕掛けを解くのに追われ、その輪に加われないのが実にもどかしい五郎だった。
仕掛けと睨めっこを続ける五郎にはお構いなしで、船は群れを求めて、どんどんポイントを移動する。諦めて何度か仕掛けを新しいものに取り替えたが、すぐにまた絡まる。その繰り返しだった。
ようやくハリスの長さに慣れつつあった五郎だったが、すでに日が高くなっていることに気づき、焦っていた。港に戻るのは11時。残り時間を考えると、あと数回しかチャンスはないだろう。もう一度、絡まったら、そこで終わりだ。慎重に仕掛けを落とす、五郎。そして、仕掛けが底に着いたのを確認すると、数メートル糸を巻き、ゆっくりと竿をシャクって撒き餌を拡散した。そのまま30秒ほど待つ。アタリがなければ、また少し糸を巻き、シャクって待つ。数回、繰り返したが、アタリはなく、仕掛けを回収しようとしたとき、グンと強い引きを感じた五郎は慌ててリールを巻きはじめた。
これは大物のイサキかもしれない。ほどなくビシが見え、その先に魚影が確認できる。糸を手繰り寄せると、それは大きなウマヅラハギだった。コマセ釣りは、撒き餌で魚を集めるため、基本的に繊細な合わせが不要だ。しかし、撒き餌によって、さまざまな魚が集まってくるため、仕掛けを落とす深さによっては、狙った魚以外がかかることもよくある。五郎は焦りから、船長の指示が耳入らず、棚(たな=深さ)さを間違えていたのだ。
その後も、釣れるのは、ウマヅラハギなど、ほかの魚ばかり。そしてタイムアップ。全部で10匹ほど釣れたものの、ターゲットのイサキは一匹のみ。今回も満足できる釣りとは行かない五郎であった。
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