
暮らし・住まい
一年待っても、手に入れたい顔。川越の路地裏で仕立てる、一生ものの眼鏡フレーム| #LOCAL GOODA
2026.04.06
完全オーダーメイドの眼鏡フレームをひとつひとつ手作業で仕上げていく。この上ない一品であり、贅沢の極み。その眼鏡を装う者の満足感たるや、はかり知れず。気持ちを満たしてくれるモノとの出会いは、生きるための大きな糧となる。そんなことを実感できる「一人メーカー」が、川越にある。
各地でつくられている「良いモノ」とそのつくり手にフォーカスし、地域を深堀りする本企画。今回は埼玉県川越市の「澤口眼鏡舎」へ。
Text:Takahiro Kadono
Photos:Etsu Moriyama
たった一人でつくり上げるたったひとつの眼鏡フレーム
ほんの20年ほど前まで、眼鏡はそこそこの値段の装備品で、比較的長く使用するモノだった。だから、その眼鏡フレームがその人の顔、というほど眼鏡の印象は強く残っている。それはときにアイデンティティにまで昇華し、その人自身の旗印のような意味をも持った。
それが今や安価でデザイン豊富な市場となっている。気軽にメガネを装える風潮は歓迎したいし、頻繁にデザインを変え、イメージを変えられるのは楽しい。短時間で設えてくれるのも嬉しい。いわばファストファッションの一翼を担うツールとなったわけだ。
だがここに紹介する澤口眼鏡舎は完全オーダーメイド、唯一無二の眼鏡フレームを提供してくれる。
自分だけのフレームをつくり上げるまでには、いくつかのステップを踏まねばならない。
まずは来店予約。埼玉県川越市の、町屋のその奥にある工房は基本的には土日のみの営業。細かなオーダーや計測などが必要なので、1日に大体4件ほどしか対応できない。予約が取れた日時に工房を訪ね、サンプルフレームを見ながら好みの色やデザインを絞っていく。
「僕はお客さんと話をしながら趣味嗜好を把握して、おすすめのフレームを提示していきます。制作にあたっては、顔の幅や目と目の距離、耳までの長さなどを合わせます」
「一人メーカー」である澤口亮さんは、お客さんの印象や服の趣味なども、フレームを決める上では重要な要素だという。
時には、フレームと顔を合成した写真を見せながら、フレームを決定する。これで出来上がるのを待つ。だが現在、オーダー後、納品まではなんと1年とのこと。それで澤口さんのつくる眼鏡フレームの人気がわかるというもの。大量生産できない、たった一人でつくり上げられる眼鏡フレームだからこその「悲劇」だともいえる。
それでも予約は絶えない。いくら待っても構わない、この眼鏡フレームを装着したいという人のなんと多いことか。これぞ魅惑の眼鏡フレームということだ。
現場が好き、手を動かすことが好き
澤口さんはもともと電機メーカーに勤めていた。そこで銀行や道路公団向けの製品デザインを担当していた。1990年代後半には、パソコンや携帯電話のデザイン開発担当になる。折りしもそれらが一般に急激に普及しはじめ、市場を賑わした時期である。
大きく進化していく製品を開発する現場で、デザインからモックアップ(試作模型)作成までを手がけ、ものづくりの楽しさに没入していた。
「現場が好きなんですね。そこで手を動かしてモノをつくっていくということが」
だがいつしか澤口さんも管理職となり、現場とは縁遠くなっていく。それでも澤口さんの中の「つくりたい」という欲求は消えることはない。趣味で何かつくってみようかと考え、レザークラフトなどを見てみたが、今ひとつピンと来なかった。
「魅力的な加工品ではあるのですが、燃え上がらなかったんですね」
そんなある時、眼鏡をつくりに眼鏡屋へ行き、店主と話をすると眼鏡は自分でつくっているという。澤口さんは「眼鏡は自分でつくれるモノなんだ」と興味を持った。そこで眼鏡のつくられる工程などを自分で調べ、そしてとうとう一本完成させてしまう。
それからは仕事から帰ると引きこもって眼鏡づくりに没頭した。
「眼鏡は図面をつくり、素材を切り出し、ディティールを丁寧に整えていく。手作業と機械での作業を併用できるのもいいんです」
そのうちにクラフトフェアなどに出品するようになり、手応えを感じるようになった。
「でもまだ副業という感覚でした。そんな時に川越の古い町家で開業するカフェがあり、庭にものづくりの工房を入れたいという話が舞い込んできたのです」
工房を持つにはまだちょっと早い、と思っていた澤口さんだったが、話は一気に進んでいって、そして53歳の時にメーカーを早期退職し、眼鏡づくりに専念することとなったのだ。
「通っていた高校が川越だったので、縁を感じました。昔と違ってかなり観光地化されてしまってましたが、それでも路地を入るとこんな古い家屋がまだだいぶ残っている。古いものを残そうという意識は感じます。私も同じ気持ちです」
出来上がったフレームをかけてもらうまではドキドキ
工房を立ち上げ、本格的に眼鏡フレームの製作に入ったが、ほどなく世間をコロナ禍が襲う。そんな騒然と落ち着かない時期に、澤口眼鏡舎がとあるテレビ番組で取り上げられた。そこで流れが大きく変わった。
「ものすごく忙しくなってしまったんです。一人でつくっているのでつくれる数は限られているのに、眼鏡を求める人の数が桁違いになってしまった。ありがたい話なのですが、でもとても対応できないので、完全予約制にしたのです」
完全予約制にすることで、逆にいい循環で制作できるようになったと澤口さんは言う。土日に工房を開き、予約しているお客さんの対応をし、平日は眼鏡づくりに集中する。以来、休みはまったく取れていない。1年先までのバックオーダーを抱えていては、休んでいるわけにはいかない。何より、工房で作業していることが一番楽しい。
「ロジカルにつくっていく、ということに関してはメーカー時代と何も変わらないです。思考は一緒です。ただ、ダメ出しする人がいなくなった。それは言い訳ができなくなったということでもあります」
それともうひとつ、これは意外だったのだがお客さんを応対し、話をしながら好みのフレームを探っていくこともまた楽しく、発見があるというのだ。
「お客さんの望むものを探っていくことも楽しいですし、出来上がったフレームをかけてもらって、そこから新たな発見があることも少なくないのです。メーカー時代にはユーザーと直接コミュニケーションを取ることはありませんでしたから」
だから「職人なのによく喋る」と言われることもしばしば。澤口さん自身は、自分は職人とはちょっと違うと考えている。
「プロダクト試作者、というのが一番適していると思っています」
感覚的にではなく、正確にモノをつくっていくということにこだわり、自負しているということなのだと思う。そんな澤口さんでも、やはり完成したフレームをお客さんにかけてもらう時はドキドキだという。
「フィッティングなど技術的な部分もチェックしますが、何よりも気に入ってもらえるかどうか。お客さんはダイレクトに反応しますからね」
すべてがバッチリとハマった時は、本当に嬉しい、と澤口さんは目を細めた。







