マダイ編
サラリーマンアングラー釣り五郎がゆく!その4

準備した仕掛けやエサの付け方、そして誘い方をその日の状況に応じて、微調整しながら獲物を狙う。経験や柔軟な対応力がモノをいうが、初心者が大物を釣るビギナーズラックもある。それが釣りだ。学びも多く、ビジネスとの共通点もある。そんな趣味を通じて、仕事でもプライベートでも一歩一歩、成長していく男の物語である。

Illustration : MIKI TANAKA
Text : SHINSUKE UMENAKA(verb)

2020.2.17

登場人物
  • 魚釣五郎
    魚釣五郎(30才)
    うおつり ごろう。あだ名は“釣り五郎”。職場は海川商事。好きな寿司ネタはエンガワ
  • 鰒田一平
    鰒田一平(52才)
    ふぐた いっぺい。魚釣五郎の上司。休日は釣り三昧。好きな寿司ネタはヒカリモノ
  • 舟山杜氏
    舟山杜氏(68才)
    ふなやま とうじ。五郎が勝手に“師匠”と命名。神出鬼没のアングラー。好きな寿司ネタは赤貝

思わずパクリ!誘いの演出が鍵を握る

マダイ編<後編>

課長から低迷する営業成績を怒られた際に浴びせられた「…しっかり底を取ってシャクってるのか?」という言葉が心に引っかかっていた魚釣五郎はマダイの釣船に乗る。エサを投入してただ待つだけというシンプルな釣りを想像していたが、難易度の高い一つテンヤ釣りに悪戦苦闘するのだった。

サラリーマンアングラー釣り五郎がゆく!
今回のターゲット
今回のターゲット【マダイ】

マダイ

春から初夏、秋から冬にかけてがベストシーズンだが、1年中狙える高級魚。かかったときの引きが強く釣り人を魅了して止まない。市場価格は1kgで約5,000円。
魚釣
魚釣「“底を取る”って、要するに海の底まで仕掛けを沈めるってことですか?」
師匠
師匠「マダイは基本的に海底から1〜2メートルの深さを回遊しているんだよ。だから仕掛けを一度、底まで沈めてから、シャクりはじめるわけだよ」
魚釣
魚釣「なるほど! だから船長は深さをアナウンスしていたのか! でも、そのあとのシャクなんとかってどういうことですか?」

まずは海底まで仕掛けを落とし、“底を取る”

魚釣五郎

師匠が行ってしまったので、“シャクって誘う”の謎までは解くことはできなかった。「海底の砂をすくうように誘うってことだろうか?」、それとも「マダイのアゴを狙って釣り糸をひっぱったりするのだろうか?」。どちらにしても、自分の技術と、手に持っている仕掛けでは、できそうになかった。

師匠の手が空くまで、せめて“底を取る”ことは完璧にできるようにしよう。そう思った五郎は仕掛けを落とす練習をはじめた。一つテンヤが底についた感覚を見極めようと、それを何度も繰り返す。底に落ちた仕掛けはすぐに見えなくなり、目視で確認することはできない。竿から手に伝わる繊細な振動に集中して、底を感じることが大切だ。

しかし、やり続けるうちに底に仕掛けが着くと、糸がピンと張らなくなり、少しダブつくことに五郎は気づいた。新しいことを発見し、思わず笑みがこぼれる。その瞬間だった。ガリッと、何かがエサに食いついたような感覚に続き、グググと明らかに仕掛けが引っ張られている手応えを感じる。驚いた五郎は「師匠!」と叫んだ。

もっと丁寧な応対を心がけていれば、結果は違っていたのかもしれない

五郎の声を聞き、「シャクって誘えたのか?」と駆け寄ってきた師匠。五郎はその質問に首を振ると、「それはまだどういうことか、わからないんですよ!」と、必死でリールを巻きながら答えた。「そうか。でもフォールさせているときに、マダイがかかるときも多いんだよ」と師匠はいう。話しているうちに、先ほどまでの引きが嘘のようになくなり、急に五郎の竿が軽くなった。針が抜けてしまったようだ。

「落ち込まない。そういうこともあるのが釣りだ。それに誘っていたら、またアタリが来るよ。ちゃんとマダイがいる深さを目指して仕掛けを落とす。そこからシャクって誘うことで、エサに興味を持たせる。それが一つテンヤマダイ釣りの基本だよ。あ、“シャクって誘う”っていうのは、竿を素早く上下に動かして魚を誘う動作のことだよ」

早くそれ教えてよー。見れば隣のおじさんも、ときどき竿を素早く上下させている。「なんだよ、おじさんの癖かと思ってたよ……」と、つぶやいた五郎だったが、実は鰒田課長の言葉を思い返していた。

『ただ顔を出すのではなく、困っている顧客を狙って営業に行け』。つまり、お客さんがいるところを見定めて、誘うような営業トークをしろということだったのだ。「そう言ってくれればいいのに、いきなり“底を取ってシャクってるのか?”って言われてわかるはずがないじゃないか!」

魚釣五郎

竿を上下に素早く動かし、マダイの注意を引く

魚釣五郎

不思議と課長への憤りはすぐに消え、五郎は釣りに集中していた。今回こそ釣って帰りたいという気持ちがそうさせたのだ。テンヤに新しいエビを付け、海に向かって、仕掛けを落とす。しばらく待ち、底を取る。糸がダブついたのを見計らって、五郎はリールを少し巻いた。頭のなかでは、海底のマダイがエビに気づいた様子が映し出されている。そのマダイを誘うように、1回、2回と竿を上下させ、五郎はシャクるのだった。本物のエサと間違えたマダイが向かってくる。

そんな想像をしていると、ググっていう引きが不意に手元に伝わってきた。慌てて、竿を立て、一心不乱にリールを巻く五郎。確かな手応えに竿が大きくしなる。気づいた師匠が網を片手に駆け寄ってきた。

「よし、慌てるな。無理に引っ張らなくて、いいぞ、糸が切れるかもしれないから、慎重にな」

こんなテンションの高い師匠は、見たことがない。きっとマダイなんだ。五郎は想像よりも強い引きに驚きつつ、言われるがまま、慎重にリールを巻いた。しかし、竿が重く、なかなか思い通りに巻くことができない。5分、10分と時間が経過しただろうか。ようやく桜色の魚影がちらりと見えた。サッと、師匠が網でその影をすくうと、マダイが現れたのだ。ついに釣ることができた。興奮で五郎の手は震えていた。それに気づいたのか、師匠が肩を優しくポンと叩いて祝福してくれた。

けっきょく、この日、釣れたのは一匹だけだったが、五郎の心は晴れやかだった。さて、どんなメールを課長に送りつけようか。まるで悪戯を計画する子どものような笑みを浮かべる五郎であった(つづく)。

立派なマダイ
釣ったら食うべし 簡単レシピ紹介「マダイのアクアパッツァ」

今回の格言「ターゲットの見定め、きちんと誘うべし」

釣友丸
information釣友丸茨城県日立市久慈町1-1
TEL:0294-22-7436
サラリーマン“アングラー”釣り五郎がゆく!マダイ編<前編>はこちら

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