東京に馴染めなかった新生活の記憶と、今を支えているもの──空気階段・水川かたまり
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    ファッション

    東京に馴染めなかった新生活の記憶と、今を支えているもの──空気階段・水川かたまり

    2026.03.16

    コント職人として溢れんばかりの才能を発揮したかと思えば、舞台では文学的で繊細な表情も垣間見せ、主演映画も制作されるなど多方面から注目される存在となった、「空気階段・水川かたまり」。主役も脇役も自由自在で、聡明で、どこか品のある古着をさらりと着こなすセンスも見せるかたまりさんだが、意外にも自身の「新生活」は、苦い思い出として記憶のなかに刻まれていた。

    春は、「はじまり」の季節。新しい環境に高揚感を覚える一方で、不安を抱えながら迎える新生活も少なくない。今注目を集める「あの人」を紐解く、新生活の記憶と彼らが好きなモノの話から、自分自身の「はじまり方」を見つけてみてはいかがだろう。

    Photo:Tatsuya Irie/Text:Kazuyuki Nomura

    上京しても馴染めず、ずっと部屋に引きこもっていたあの頃

    芸人 水川かたまりさん

    ——水川さんは岡山県出身ですが、大学進学のタイミングで上京されたのでしょうか?

    そうですね。高校時代めちゃくちゃ勉強頑張って、慶應大学に合格して東京に出てきました。普通、何もない田舎から大都会東京に出てきて、キラキラした大学生活を送るというと、みんなめちゃくちゃワクワクして楽しいと思うんですけど、僕はまったくでしたね。東京で一人暮らしを始めて一週間くらいで超ホームシックになっちゃって。岡山に帰りたい、家族に会いたいとばかり考えていました。僕は両親がタバコを吸うんですけど、道歩いている時にどこからかタバコの匂いがしただけで実家を思い出して、落ち込んで。多分、ガラッと環境が変わり過ぎて、僕自身全く対応できていなかったんだと思います。

    ——でも、徐々に慣れていったんですよね!?

    いや、それがいつまでたっても本当に馴染めず。大学でも1人も友達ができなくて、結局3か月で大学には行かなくなりました。当時、大学近くの日吉というところで半地下の部屋に住んでいたんですけど、結局そこに1年半ほどただ引きこもっていましたね。もちろん、大学に全く行ってないことは親に内緒。だから新生活で楽しかったことや良い思い出なんてなく、苦い記憶として僕のなかには残っています。

    ——そんな状況から、なぜ芸人になろうと思ったんですか?

    大学にも行かないし、友達もいないから時間はたっぷりある。だから、ゲーム、ラジオ、お笑いのDVDを見る、小説を読むっていうのをローテーションで繰り返していたんですけど、やっぱり人と話す機会がないので、なんでもいいから笑いたいっていう気持ちになってくるんですよ。それで、その日も高校の頃から好きだった爆笑問題さんのラジオを聞いていたら「爆笑問題のツーショット」という漫才のDVDを毎年出していることを知ったんです。それですぐにレンタルビデオ屋さんに走って行って借りたら、めちゃくちゃ面白くて。そこから爆笑問題さんのDVD全部借りてひたすら見て、自分もお笑いやってみたいと思うようになったんです。

    ——では、苦しい時期だったけど、それがなければ今のかたまりさんはなかったということですね。

    そうですね、間違いなく。いい思い出なんて一つもないけど、それによって人生の転機になったし、あの時間は無駄ではなかったなと今になって思います。

    川をぼんやり眺めていると、心が浄化される

    ——かたまりさんの経験を踏まえ、これから新生活を迎える人たちに何かアドバイスとかありますか?

    う〜ん。僕自身、新生活とか急に環境に変わることがあまり好きじゃないのであまり偉そうなことは言えないんですが、地方から東京に来るなら早く標準語覚えたほうがいいよってことですかね。僕、岡山県出身なんで、語尾に「〜じゃが」ってつくんですけど、上京したての頃、東京出身の内部進学の人たちと話した時に「お前じゃがいも星人かよ」って笑われて。それで僕もうまく返せなくて、大学に行かなくなっちゃったんです。だから、方言をいじられてうまく対応する自信がない人は、早めに東京の言葉に合わせたほうがいいと思います。

    ——ストレスがたまり、精神的に余裕がなくなった時、かたまりさんはどうしていますか?

    非常に原始的な方法ですけど、僕は昔から何かあると川を見に行って、ひたすら水の流れを眺めています。土手に座ってぼんやりと川を眺めていると、なんか心のもやもやしたものが浄化され、全てが正常化されていく気がするんですよね。だから、引っ越しする時も近くに川があるところを探します。川って海とは少し違う穏やかさがあって、しばらく眺めていると嫌なことも不思議と忘れさせてくれるんですよね。

    ティエリ アンリの私服に憧れて

    ——かたまりさんと言えば、おしゃれ芸人としても知られています。ファッションは昔から好きなんですか?

    はい、中学生くらいの頃に好きになって、それからずっと今でも好きですね。僕、子供の頃サッカーをやっていて、当時サッカー雑誌をよく読んでいたんです。それで、雑誌の最後の方にサッカー選手のプライベート写真を掲載するコーナーがあったんですよ。当時、サッカー選手ってみんなハイブランドで全身かためて、ギラギラしたアクセサリーをつけた派手な人が多かったんですけど、元フランス代表のティエリ アンリはネイビーのスーツに白のタートルネックを合わせて、いかにも“パリジャンの着こなし”って感じでめちゃくちゃカッコよくて。それで、僕もそういうヨーロッパのファッションや着こなしに興味をもつようになりました。

    ——空気階段のラジオでもかたまりさんのファッションはよく話題になっていますよね。

    そうですね、よくいじられてますね(笑)。でも、僕がファッション好きなことを知ってくれて、結構いろいろな人がプレゼントしてくれたりして。僕、サコッシュが好きで外出する時は絶対つけていくんですけど、このサコッシュはロッチのコカドさんから頂いたもの。コカドさんがミシンを使って手づくりしたもので、生地の柄も好きだし、サイズも丁度よいのでもう6年くらい愛用しています。

    これは僕の奥さんが父の日にプレゼントしてくれたもの。好きな写真をプリントしてくれるサービスがあるらしくて、娘の写真をプリントしてくれました。財布、スマホ、リップクリーム、靴べら、あとはテレビ局の入館証とか領収証とか、全部コンパクトに収めることができて、とても使いやすいです。

    このスウェットは、僕の地元の薬剤師の友人がイラスト描いて、プリントして送ってくれたもの。頼んでいるわけではないのですが、毎年勝手に送られてきます(笑)。でも、僕の愛犬をデザインに入れてくれて、イラストもかわいくて気に入っています。僕の数少ない友人で、たまに東京に遊びにきた時は一緒に古着屋さん巡りしています。

    40代を前にして、今思うこと

    ——主演映画も制作されるなど活躍の場を広げているかたまりさんですが、今後の目標を教えてください。

    本業のお笑いで自分が面白いと思うことをやって、お客さんにもっともっと笑ってもらえるのが一番です。他の目標でいうと、僕は今35歳で、あと5年したら40歳。人生も折り返し地点だと考えた時に、これまでやったことがないことをやりたいなと思っています。それで、2年くらい前からひっそりと画策しているのが、紅白歌合戦への出場。もちろん、審査員とかではなく、歌手としてですよ(笑)。なぜ紅白なのかと言われると返答に困りますが、紅白ってやっぱり凄いじゃないですか。可能性としてはゼロじゃないから、本気で狙っていきたいです。

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