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魚釣五郎(30才)うおつり ごろう。あだ名は“釣り五郎”。職場は海川商事。好きな寿司ネタはエンガワ
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鰒田一平(52才)ふぐた いっぺい。魚釣五郎の上司。休日は釣り三昧。好きな寿司ネタはヒカリモノ
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舟山杜氏(68才)ふなやま とうじ。五郎が勝手に“師匠”と命名。神出鬼没のアングラー。好きな寿司ネタは赤貝
週末に小さいながらも、念願のマダイを釣り上げた五郎は上機嫌で出社した。すると、早速、鰒田課長に呼び出された。労いの言葉でもかけてもらえるのかと課長のデスクに向かった五郎だったが……。
私の話を聞く前に、言いたいことだけを口にして、課長は去ってしまった。結局“手返し”の意味を聞くことができなかった。そういえば、課長は先週、札幌に出張していたっけ? ひょっとしたら、そこで何かを釣ってきたのかもしれないな。だから釣りの例え話を披露したのかも。
調べてみると、北海道ではワカサギがシーズン真っ只中だった。寒い地域では氷上の穴釣りがメインだが、関東でも釣れるという。しかも、河口湖などではドーム船という暖房設備が整った船でのワカサギ釣りが盛んに行われているそうだ。よし、これはもうワカサギ釣りに行くしかない。未消化だった有休を使って、翌日、五郎は河口湖にやってきた。
ネットで釣果を調べた結果、とくに最近調子が良い「河口湖レイクサイドコテージ」のドーム船を選んだ。受付を済ませると小さなボートに案内され、湖上に浮かぶドーム船まで連れ行ってくれた。船は20人くらい入るサイズで固定されており、揺れもない。しかも、中は暖房が効いていて快適だ。各釣座には30センチ四方くらいの穴が空いており、そこから仕掛けを落として釣る仕組みになっている。ワカサギ釣りは長さ30センチくらいの小型の専用竿を使うのが一般的だ。一式レンタルすることもできるので、初心者にも優しい。指定された釣座に座ると、スタッフさんがやってきて、餌の付け方から、誘い方、釣れたときの針の外し方まで丁寧に説明してくれた。
仕掛けを底まで落とし、そこから30センチくらい、巻き上げたら、竿を軽くシャクリながら、当たりを待つのだ。シャクリはマダイで覚えたので、不安はなかった。試しに仕掛けを落とすと、すぐにプルプルとしたあたりを感じた。急いで引き上げると、さっそくワカサギがかかっていた。なんだ今回は楽勝じゃん!
その後も、続々とヒットし、ワカサギがかかる。聞けば、河口湖のワカサギはサイズが大きいそうだ。一度、あたりを感じた後、少し巻き、引き続きシャクり続けると、竿の重さが変わるのがわかる。それを引き上げると、二匹、三匹とワカサギが複数かかってくるのだ。まさに入れ食い状態。しばらく夢中になって、五郎は釣りを続けた。興奮して気づかなかったが、またしても師匠が隣に座っていた。どこにでもいるなぁ、この人は。しばらくすると、パタリとあたりがなくなってしまった。さっきまでの入れ食いが嘘のように何の反応もない。ちょっと休憩しようと、トイレに立つと、師匠のバケツが目に入った。すでに数百匹は釣っているだろうか!? あまりの釣果の違いに五郎は驚いた。
「ワカサギが回遊してきたら、チャンスタイムなんだよ。あそこにある魚探が真っ赤に反応しているでしょう? そんなときは入れ食いになるから、手返し良くやらないと釣果も伸びないよ」
私の視線に気づいた師匠が説明してくれた。確かに釣れたワカサギの針を外し、餌を付け直して、再度、仕掛けを投入するという動作をハイスピードでこなしている。のんびりと釣っているのは自分だけだったのだ。
なるほど、課長が言っていた“手返し”って、「仕掛けを回収してから、再び仕掛けを投入するまでの一連の動作のこと」だったのか! だったら、そうやってくれればいいのに……。
海釣りでも、時間帯や潮の流れによって釣りやすくなったり、あたりすらまったくないこともある。ワカサギ釣りでもそれは同じなんだな。待てよ、釣りに限らず、仕事でも景気の波やブームがある。それを逃さずに、素早く動いた人が大きな成果を出すってことを課長も言いたかったのか……。よーし、自分も手返し良く釣るぞ!
「もう群れはいなくなったよ」と、釣座に戻ると師匠がつぶやいた。
驚いて魚探のほうを見ると、さっきまで真っ赤に染まっていた群れの反応がなくなっていた。そして、その後、群れが回遊してくることはなかったのだ。それでも50匹くらいワカサギを釣ることができ、満足感に浸っていた。しかし、師匠の釣果を聞いて愕然とした。その数、なんと1900匹。ケタが違う……。自分の腕のなさを痛感させられたのだった。
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