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ジェントルにして猛獣。ヴァンキッシュという“二面性の美学”【アストンマーティン試乗レポ】
2025.11.04
イギリスのスポーツ―カーメーカー、アストンマーティン。2024年5月23日付GOODAにおいて、スペインでの「VANTAGE(ヴァンテージ)」試乗記を書いたが、それに続き5.2リッターV12ツインターボエンジンを搭載したラグジュアリースポーツカーの「Vanquish(ヴァンキッシュ)」を運転する機会を得た。今回は公道走行の魅力をお伝えする。
取材・撮影/武田信晃 写真提供/アストンマーティン
「V12」搭載はロマンであり、高いステータスでもある
映画『007』のボンドカーを製造していることでも知られているイギリスのアストンマーティン。試乗したヴァンキッシュは3代目だが、最大の特徴は、5.2リッターV12のエンジン、ツインターボという新設計の専用エンジンを搭載している点だ。
環境問題が重要視されている現在、燃費を考えるとV12エンジンは他のスポーツカーメーカーですら積極的に搭載しにくい。アストンマーティンでもヴァンキッシュ以外はメルセデスAMGのV8ターボエンジンを搭載していることからもわかる。
しかし、2023年にEUが、2035年以降の内燃機関の新車販売を禁止する方針を事実上撤回したことで、V12を搭載する他の自動車メーカーでも再登場し始めている。
高出力V12を積んでいるスポーツカーは、究極のハイパフォーマンスカーであると同義と言っても過言ではないほか、ブランドイメージやステータスという観点からみるとV12搭載車を持っていることは、スポーツカーメーカーにとって非常に重要で、アストンマーティンのファンにもV12を求める人が少なくない。そう、V12という響きは運転好きの人の琴線に触れるのだ……。もはや一種のロマンだが、そういう人たちを満足させることができる。
一目でヴァンキッシュとわかる外観
モータースポーツにおいてアストンマーティンは2021年からF1に復帰し、2026年からはホンダからパワーユニットの供給を受ける。トップデザイナーであるエイドリアン・ニューウェイを起用しチャンピオンを狙う。ちなみにホンダは、過去にV12エンジンを製造し1991年にはアイルトン・セナをチャンピオンに導いている。
最高出力は835PS / 1000Nm、最高速度はアストンマーティンの量産史上最速の時速345km/h、0-100km/h、加速は3.3 秒とヴァンテージよりさらに0.2秒も速い。強化されたシリンダーブロックとコンロッド、再加工されたカムシャフトを組み込んだ再設計のシリンダーヘッド、スパークプラグの位置を変更し、大流量の燃料インジェクターを採用することで燃焼を最適化させることで実現した。
また、高速かつ低慣性のターボチャージャーを新しく開発したことで、パフォーマンスとスロットル・レスポンスが向上しており、できるだけターボラグを感じさせないつくりに仕上がっている。
走行パターンの組み合わせは180種類
全長4855mm、幅2120mm、全高1290mm、ホイールベース2885mm、車重は1910kg。後輪駆動だ。重量配分はV12エンジンをフロントに搭載しているにも関わらず51:49でほぼ理想的な重量バランスを実現した。アストンマーティン専用21インチのピレリ社のPゼロ、電子制御デフ(E-Diff)、ビルシュタイン製のDTXダンパー、8速のZF製 オートマチック・トランスミッション、アジャスタブル・トラクション・コントロール(ATC)などを備えることで、驚異的な加速力やコーナリング性能を実現させている。
ナビとセンターコンソール
走行モードは「GT」「SPORT+」「SPORT」「INDIVIDUAL」「WET」の5種類。電子制御スタビリティプログラム(ESP)は4種類、トラクションコントロールは9段階あるので、単純計算で計180種類のパターンが組める。その時々の道路状況によって自由自在に設定できる。
スポーツカーだがスピードだけを追求しない
今回走行したターンパイク箱根は、箱根周辺を一望でき、桜、紅葉も楽しめることから観光道路として知ら得ているほか、新車の試乗会やCMなどに使われることもある、車好きにはよく知られている全長約15kmの道路だ。
料金所を超えた後、センターコンソール中央部にある、円柱状のセレクターを回してSPORTモードに切り替えた。加速すると、私が油断していたのもあるが、ジェットコースターの急発進みたいな感じで、頭が後方に一気に持っていかれた。これは「ブースト・リザーブ」という機能を発揮した形だ。
コーナリング中の安定感は抜群だ。E-Diffに加えESPがあるので車が路面に吸い付くかのように安定して曲がることができる。アルミニウムを使った高剛性の車体になっていることも、コーナーをスムーズに曲がれる大きな要因だ。もちろん、重量配分がほぼ50/50であることやピレリの高性能タイヤと合わさることで実現している。とにかく、この安定感はドライバーに安心感をもたらす。
ヴァンキッシュの走り
ハイパフィーマンスカーのヴァンキッシュだが、その性能をフルに出す機会は日常生活においては限られている。逆に言えば、通勤など普段使いもできる車であれば購入した甲斐がより増す。そこで、一般道での印象を。
試乗した車は、左座席で、ノーズの部分が長め、座席ポジションも低めなことから、車両感覚が心配になったが、視認性もよく、10分~20分ほどすると慣れた。
走り自体は、例えば、タイトなカーブは、前がF1と同じダブルウィッシュボーン、後ろはマルチリンク式のサスペンションを採用することでスムーズに曲がれる。ドライブフィールが人と車が一体感となっているので、自然な感覚で走れるということなのだろう。
乗り心地も悪くなく、同乗した編集者と会話をしながら走行できた。座席後方にスペースを確保しており、荷物はそこに置くことが可能で、終末にドライブしながら、温泉やリゾート地まで足を運ぶというのも問題ない。ちなみに高速道路で走っているときの音の静粛性も直進安定性もあった。
つまりは、日常使いもできるという印象だ。これはスピードのみならず快適性も追求することで、スポーツカーではなく普通の車を運転する感覚に近いように仕上げたということだ。
カーナビは慣れが必要。存在感は抜群
試乗車のインテリアは「ブリティッシュグリーン」的な色で落ち着いた雰囲気がある。ツヤのあるレザー張りの座席やドアの内張りなどは上品さが漂う点は、他のスポーツカーブランドとは一線を画す。
インパネの視認性もよく、センターコンソールはアナログのスイッチだが、こちらの方がディスプレイで管理するタッチパネルより操作しやすく、確実にスイッチングできる。ヴァンテージやSUVのDBX707と配列は基本的同じなので、すでにアストンマーティンのユーザーなら、すぐ慣れてしまうはずだ。ちなみにシートヒーターが装備されている。試乗時はまだ残暑だったが、試してみたところすぐ暖かくなった。冬には重宝すること間違いない。
上品なインテリア
ただ、1つ気になったのはカーナビだった。画面は10.25インチあるが、目的地への設定するとき、文字変換からてこずった。ビルに囲まれたせいもあるのか通信状況も良くなく、ルート確定にまで時間がかかった。この辺は改善の余地がありそうだ。
外観の正面は、アストンマーティンだと一目でわかる大きなグリルとヘッドライト。ドア部分の絞り込みによって、引き締まった印象で、そこからリアのフェンダーまでは流れるようなデザインは、迫力がありながらスタイリッシュで存在感がある。
ボンネットにつけられた排熱用ルーバー
V12エンジン搭載をあらわすバッヂ
高速道路では現実的には追い越し車線を走り続ける車は少なくないが、前方を走っていた車がバックミラー越しにヴァンキッシュを確認すると、走行車線にスーっと車線変更したケースが幾度もあった。箱根ターンパイクの駐車場では、何人もの人が振り返った。それだけインパクトのある車という証だ。インスタ映えも間違いなくする、自慢の車になるはずだ。試乗車を返却する前に、近くのガソリンスタンドに立ち寄った時、スタッフの人から「かっこいいですね。走りはどうでしたか?」と質問されてしまうほどだった。
世界ではEV化への歩みが減速しているが、ヴァンキッシュは純粋な内燃機関としてのGTカーの1つの完成形といえよう。
流れるような車体
