およそ90年前、名古屋の大秋町にお香問屋として創業した「香源」。寺院や専門店への卸売りと並行して小売りも始め、1990年代のネットショップ創成期に、いち早くネットショップをオープン。実際の香りを試すことができないインターネットでお香を販売するという、業界の常識を覆した存在である。画期的な展開を進める三代目当主は、お香文化を世界に広げ、未来につなぐという使命感に溢れていた。
飛鳥時代に仏教と共に日本に伝来したとされているお香。伽羅(きゃら)・沈香(じんこう)・白檀(びゃくだん)といった香木を使った遊びは鎌倉時代から室町時代に発展し、香木を香る「聞香(もんこう)」や香木の香りを当てる「組香(くみこう)」という香り遊びとして嗜まれた。「香道」は長い歴史を誇る日本の伝統文化である。
「一般的にお香は寺院・仏前で焚くものという印象が強くありましたが、今では“香りを楽しむためのお香”というイメージも定着しました」こう話すのは、幼少期から初代と二代目に「香」を仕込まれた、三代目当主の菊谷勝彦社長。
「東南アジアを中心に世界各国に足を運び、目利きならぬ『鼻利き』した高品質かつ希少な香木を取り扱っていることが当店のこだわりです」
そんな香源は、業界に先駆けてネットショップに進出。ただ、テイスティングが不可能なネット販売において、香りの特長や魅力をどう伝えるかには試行錯誤したという。
「甘い・辛い、あっさり、コクがあるなど味覚で例えたり、現代的や古典的といったイメージで表したり、リラックスタイムに、といった使用シーンのイメージが湧くような表現もしました」
すると「どんな香りかイメージしやすい」とユーザーに支持され、テイスティングがなくともお香の販売が可能になっていったのだそう。
さらに、お香の購入を後押ししているのがオリジナルの「お香20種セット」だ。
「私たちがお伝えしている香りのイメージが、お客様の想像と違っていてはご迷惑になります。そこで、おすすめのお香をバラエティ豊かに詰め合わせ、お客様にテイスティング感覚でお気に入りの香りを見つけていただけるようにしました」
「お香が初めての方やセレクトに迷う方はもちろん、気分やシーンに合わせて使えるとのことで、この商品を長く愛用していただくお客様も多いですね」と、四代目当主となる菊谷進之介専務が教えてくれた。
お香は元来、香りを嗅ぐことで体調や気分を整える「薬」だったとされているが、昨今は香気成分の医学的・科学(化学)的な研究が進み、病院での治療中の緊張を和らげるためにお香が用いられる例もある。
菊谷社長はこの香りの作用のエビデンスを活かした商品開発、ユーザーのニーズに応えるために、脳科学の領域からの香り研究に長年取り組んでいる。その一つが近畿大学との共同研究だ。たとえば、ワインやビール、ウイスキーなどを楽しむときに焚くとお酒の味わいの変化を感じるというユニークなお香を開発、嗅覚の作用を利用した商品だ。
地元・名古屋にある金城学院大学文学部日本語日本文化学科の非常勤講師を20年近く務め、お香の歴史・文化の講義を担当。自身が策定したお香リカレント学院の資格「香師」の育成も推進しているという菊谷社長。
「『香源』の名前には“日本のお香の情報発信源”という意味を込めています。お香の文化を世界の人々に伝えていきたいですし、このお香という文化を未来の子どもたちに伝承していきたいと考えています。インターネットを通じたお香の販売や研究活動、講義などすべてはお香屋に生まれた私のミッションです」
コロナ禍によって実店舗の臨時休業を余儀なくされた際、「いつものお香がないと安眠できない」「今こそ愛用のお香で癒やされたい」など、営業再開を待ち望む声が多くあがったそう。それほどまでに香源のお香はユーザーの心を捉え、生活の必需品となっている。
「お香は時間や場所を選ばず、気分を落ち着かせたり集中したりなど、気分転換のために使われることが増えました。また『線香の香りを嗅ぐと祖父母の家を思い出す』といったように、香りは思い出とともに記憶に残るものです。心に残る香りに出会っていただけたらうれしいですね」