印鑑の発祥地といわれる京都で創業。職人による手書き・手彫り仕上げの印鑑を提供し続けている西野工房。ECショップでは販売が難しいと懸念されていた商材にも関わらず、工程やこだわりは変えることなく、楽天市場創成期から出店。ネットを通じて、世界に二つとない、その人だけの証を作り、届ける思いに迫った。
社会生活や人生の重要な場面で不可欠な印鑑。昨今はフォント文字を使い、機械彫りで簡単かつスピーディーに作成でき、既製品も出回っているが、実印や銀行印は1から作る上質のもの、偽造できないものが理想だ。
西野工房は京都の老舗店で修業を積んだ印章職人が75年前、暖簾分けにて創業。町のはんこ屋さんとして愛されてきたが、浸透印やスピード印鑑店の台頭により、売り上げが減少したため、先代の息子で二代目を継承した井ノ口清一さんが新たな活路としてECに進出。ネットで注文してくれるのかと不安もあったそうだが、印鑑の質の高さから順調に注文を獲得。現在は「楽天市場月間優秀ショップ」の常連として、人気・信頼を確立している。
印鑑づくりの工程は、まず、京印章制作士・手書き文字印影作家である井ノ口さんがユーザーの氏名に使われている漢字の書体を『印章字林』という辞書で調べ、一字一字デザイン。丸い印面に文字を書くのは難しいうえ、井ノ口さんのように三文字の苗字もあれば一文字の苗字、旧字や多画数、フルネームの印鑑と、実に多様なので、文字の大きさや配置などを事細かに推敲していくという。
さらに、線の一本一本が上向きにそっているのが井ノ口さん独自の作風。「運気や金運などを受け止めるお守りにもなるように」との思いが込められている。確かに完成した印影は線のすべてが上向きで、縁起がいい。しかも、フォント文字と比べると、大胆かつ繊細な筆致、印面のバランスの良さは一目瞭然だ。
「ご注文の際、親の実印を参考にしてほしい、子どもに姓を受け継いでほしいのでプレゼントしたいといった要望、苗字や命名のエピソードを記載されるお客様も多く、その思いも反映しています」と井ノ口さん。同姓同名でも決して同じになることはなく、その人だけの印影として個性を発揮するのだ。
完成した印影はコンピューターに取り込み、専用の機械で印材に荒彫りした後、「手彫り仕上げ」を行うのが西野工房のもう一つのこだわりだ。
この手彫りを行うのは、京印章職人歴約50年、精密彫刻を極めた山崎公詮(こうせん)さん。印刀という道具を使い、線のカーブやエッジ、印鑑の丸枠、文字間などをミリ単位で彫刻、調整。線を削りすぎたり、彫りが深すぎても浅すぎても、鮮明な印影とならないため、細心の注意が必要だが、高度な技を有する山崎さんは着々と作業を進めていく。
幾重もの手作業を経て、仕上がった印鑑は、印面に文字が躍動し、拡大鏡でカーブを見るとまさに丸く、艶を放つほど。捺印すると、文字の細部までくっきりと美しく、手仕事ならではの温かみ、味わい深い表情も好評を得ているという。
「多くの方に当店の印鑑を使っていただきたいし、顔が見えなくてもお客様の証を作るのですから、手抜きは一切しません」と、心血を注ぐ西野工房。実印や銀行印は、印材として珍重されるオランダ水牛や黒水牛に加え、非常に硬くて、万一の災害時も燃えたり、錆びたりしにくいチタン、世界遺産の屋久杉など新しい印材も採用。京都の竹の印鑑、かわいいイラスト入り印鑑といったユニークな商品も取り揃えている。
「一生使える印鑑を提供しているのですが、何かあるたびに贈り物にしたり、日常で気軽に使えるはんこもいろいろ欲しいと、リピートしてくださる方が多いです」と、井ノ口さんは笑顔で語る。
オンライン化やペーパーレス化に伴い、印鑑レスも進んでいるが、長きにわたり印鑑文化を築いてきた日本では、そう簡単に不要とはならず、印鑑に替わる個人認証ツールも確定していないのが現状。また、ここぞという場面で印鑑を捺したときの喜びや責任感は格別なものがある。一人の大人の証として、本物の印鑑を手にしてはいかがだろう。